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“戻る”ことは甘えじゃない。弱さでもない。

「ひとりじゃないから」 彼女はそう言った。

ある国のある街の緑生い茂るところで彼は立ち止まった。
彼の前には、一つの墓が建ててある。その墓に供えらえた小さな花が絶えることはない。
彼が毎日やってきて、いつも綺麗にしてあった。…彼の名はギコと言った。
ギコは無言で今日もまた、泥一つ付いていない綺麗な墓を、ゆっくり時間をかけて、掃除をする。

太陽がまもなく真上に来ようかとする時刻にギコはいつもここに来ている。
蒼く、どこまでも広がる空。透き通っているようで、それでも濃い色で。
白くくっきりと浮かぶ雲が穏やかに流れる。その下を優雅に舞うように飛ぶ鳥たち。
そんな空の真ん中で、太陽は強く輝いていて、ギコに木漏れ日として降り注ぐ。
うっすらと汗をかきながら、それでもせっせと綺麗にしている。
少し立って、ギコはピタリと動きを止めた。掃除が終わったのだ。

すぅっと風が吹き抜け、木々がしなり、涼しげな音を立ててゆく。
ふわっとギコの黄色い麦わら帽子が、蒼い空に吸い込まれるように飛んでいった。
風の行方をギコは眺めた。目を細めながら、小さくなってゆく帽子を見つめた。

しばらく風を感じた後、すっと立ち上がる。
そしててきぱきと掃除道具を片づけてゆき、また一輪白い花を供えた。
道具を自分の横にそっと置き、墓の前に座った。そして、大きな瞳をゆっくり閉じた。


いつも俺は此処へ来る。戻ってくる。
…自分が進んできた道に答えなど無い。
命宿す者には先があるから。進まなくてはならない未来があるから。
そんなことぐらい自分でも分かってる。

何故? …なのに、何故?  後ろを振り返ってしまう。

元来た道に引き返そうとしてしまう。
「今日もまた、ここへ来てしまった。」
“過去の者”のところへ。
ここに来ても何もないのに。
ここへ来ても、過去は変わらないのに。

ギコは立ち上がり、家へと続く道のりを見つめる。
「進まないと…」
 
進まないと。止まったら終わる。止まったら行けないんだ。毎日焦っている。それだけを考えて。
「このままじゃいけないんだ、もっと、もっと…」

進まなければ。

 此処へ来ると、落ち着くようで、余計焦ってしまうようで…。
心地よいようで、…甘えなんじゃないかと 歩みをやめてしまっているんじゃないかと思ってしまう。

足取り重く歩を進めるギコの前を、地面近くで舞う蝶が居た。力強く羽をはためかせ、ひらひらと舞う蝶。
蝶はギコの横を過ぎ、あの緑生い茂る場所へと向かう。
つられてギコもゆっくりと振り返る。

いつもと同じように、ぽつんとたつ墓の周りに木が生えていて、木々は光を受けて誇らしくたっていた。

「…進むだけじゃ苦しすぎる。」胸が少し痛むような気がする。
進むことは他の生物にだってできる。
感情よりも、生きるために。
ただ、生き延びるために。
気持ちは置いていかれるように感じる。

進むだけなんて。
…進むだけなんて苦しすぎる。
大切なモノを失って、耐えて、耐えて… それでも、行く。

それだけじゃ辛すぎるから。 
心は病んでしまっているのに、前へ…?

ただ、駆け抜ける。瓦礫の中を、敵の中を…。

俺の身体よ、風となれ 戦場を吹き荒れる風へと。

そして 倒せ。 吹き飛ばせ。
…敵を?  …いいや、弱い自分を。
争いに優しさなどいらない。いるのは強さと生命力。

唸るような音を出し 木々を抜け 敵にとっての最悪の災いを導け。
生きるために、生き延びるために。


躊躇いなど無く進む。狂っていく、感覚。
今日が何月何日で、自分は誰で、此処は何処で、何のために生きているのか? 存在するのか?
そんなことなど知らなくてもいい。勝たなくてはいけない、 それだけを聞かされて。


目の前の光景により、精神が狂った者がいた。戦意喪失し、足掻かずに敵の攻撃を受けた者もいた。

…俺は周りを見ようだなんて思いもしなかった。
自分のことで精一杯だ。 
時々すべてを投げ出したくなることがあった。
「何故自分は生きているのか、生まれてきたのか」と。
戦うために生まれてきたとでも言うのか?
…だとしたらそれに何の意味がある?

いずれこの身が滅びるならば、こんな争いは無意味だ。
何故、何故…?

    彼女の笑みが脳裏をよぎる
    思い出せるのは日々の彼女の微笑みと
    最後に見た痛々しいほどの泣き顔。

「会うために…また会うために今俺は此処にいる」

生きる価値などちっぽけな自分に分かるはずもなく。
それでも今、思い浮かぶは彼女だった。
先のことはまた後で考えようか。
彼女に会ってから考えようか。

自分の生きていた時間の価値など、死ぬ間際に思えばいい。 
自分は幸せだったのか、心の何処かに生きていてよかったと思う自分がいるか。
生き抜いて、生き抜いて…俺という存在が消滅する前に、生きる価値というものを知ろうか。


…そのためには“進め”
 生涯となるモノは蹴落とせ。
 そびえ立ち行く手遮るモノを打ち砕け。
 強さを、求め…て…。  

     ………。  

  こんなものが強さなのか?

違う、 違う…。
強さとは内に秘めるものであって、他を消すのが強さなのではない。
それでも、理屈はどうでもいい。助かるためには、どんな手を使おうとも…。


 身体で守れ 心で戦え。

例え身体がどんなに屈強であったとしても心が折れてしまえば終わりだ。
真の力は心の力
志強い者こそが先へと進める。

行きたい、生きたい…!! 進め、進め…!!
止まるな、折れるな、挫けるな。

彼女は支えだ 俺の存在する理由。


俺の身体よ 風となれ 敵を囲む暴風へと、陥れる暗黒の風へと。

彼女の周りへ吹く、静かなる風へと。

その写真に写るは、笑顔の私と彼…ギコだった。
無邪気に笑っている二人。いつも二人は傍にいた。
…もう今はいない。彼は、戦地へと向かった。
激戦区…生き残る可能性が最も低く、ほとんどが全滅する地へと。
何故彼がそこに行かなければならなかったのか。
死にに行くようなものじゃないか。
…だったら何故、彼はこの世に生を受けたのか?
終わりのみを待つために生まれてきたわけじゃない。

幸せになるために、いる。
信頼できる誰かと出会い、幸せを分かち合うために、いる。
「その誰か、が私であってほしい。」
ぽつりと呟く。

早く帰ってきて。 不安で胸が押しつぶされてしまいそうだ。
彼が帰ってきたら何を話そうか。
…一人で大変だったことを言うと、心配してくれるかな。
笑って「ただいま」と言ってくれるかな?

まずは彼を抱きしめたい。
疲れ果てた彼を。
生きているという幸せを二人で分かち合いたい。
「約束してくれたもんね、帰ってくるって」
写真の中で眩しいくらいの笑顔を向けるギコに、言った。

二人して映っているその写真を収めたスタンドの前に、小さな小さな飾り気のない小瓶があった。
その小瓶の中に半分だけ入れられた水が、カーテンの隙間から差し込む日の光に照らされ、輝いている。
その小瓶にもたれ掛かるように、白い花が一輪、飾ってあった。


その数時間後、聞いたこともない音がどこからともなく、聞こえてくる。
遠くの空から、少しづつ、少しづつ音が近づき、建物に反響する。
黒い影が見えてきた。その数は両手で数えるほどで、決して多くはなかった。
「何かしら、あれは」 「空を飛んでる」
「お母さん、飛行機みたいなのが沢山来たよ」
街の者達が一斉に珍しがって空を見上げる。

カーテンを開けて、小瓶を少し横にずらし、窓から乗り出すようにして空を見上げた。


―海上戦もやばいけど地上戦も非道いもんだぜ。戦闘機が空を飛び回ってな、焼夷弾…要するに爆弾だよ。
それを落としてくるんだ。落とされた都市はすべて焼け野原になるんだ…―


そう、誰かが言っていたのをぼんやりと覚えている。
それがギコが言ったのか、今はもういない父が言ったものだったのかは覚えていない。

「…ギコ君」微かに彼の名を呼ぶ。この場に彼が居ないことも、答えてくれないこともわかっている。
けど、けど……

「ギコ君、ギコ君……」  

  ごめんね。

不気味な音が、上空を取り巻く。響き渡る。
咄嗟にフォトスタンドごと彼の姿を抱きしめる。
最後に見たのは、変わらない彼の笑顔。無邪気に笑う、彼の…。 目を、きつく閉じた。

  …そして、そして……。

空が泣いた。しとしとと止めどなく。乾ききった大地を潤すかのように、数日間降り続いた。
「止まないな…」

ギコは戦地のとある岩陰からその雨を眺めていた。
目を細めて、上を見上げる。不思議とこの雨をうっとおしいとは思わなかった。
辺りにくすぶる炎は、初日は燃え続けていたが、日が経つほどに小さくなり、一筋の煙を残し、消えていった。

大地を潤すが、心の隙間を潤すことなど無いこの雨。
余計に、すべての者の身体を芯から冷やした。
止んでほしくない、なぜだかギコはそう言う気がしてならなかった。
これは、誰の涙? 空の?…それとも。
今は亡き、“進むことが出来なくなった者”の…?

雨の冷たさを、肌で感じながら、ギコは岩陰に蹲った。
  


「絶対護ってやるから、安心しろよ。…きっと、すぐに戻ってくるから。」 俺は彼女にそう言った。
彼女は泣き腫らした目を俺に向けて、微かに笑ってくれた。「うん、待ってるから。」

その日の空は、鈍色の雲が太陽を飲み込んでいた。
暗く、今にも泣きそうで。  
俺の心も同様に曇っていた。


この一生という一瞬は かけがえのないモノで。

この一生という一瞬は とてもすばらしく。

この一生という一瞬は 儚い夢のようで。

   −あなたに捧げよう、この一瞬を−


「終わり無きモノは無いんだよ。例え大きな醜い争いだろうとも。 例外じゃないんだ。絶対戻ってくるから。」
「待ってるよ、がんばってね。」

俺は誓った。この地に戻ることを。彼女の元へ帰ることを。
そして、自分の非力さを感じながらも、争いという
『最悪にして最恐であり、最低な避けられないもの』の中心となった区間を駆け回った。

苦しくとも辛くとも、追いつめられようとも命尽きそうになろうとも俺の心に“諦める”という選択肢は出てこなかった。

彼女が待っている。約束した、誓ったんだ。
帰ることを、絶対に生き延びることを。
必ずやってくると信じていた幸せを掴もうと、がむしゃらに進んだ。
『進むこと』しか許されないその時に、幸せだと感じる自分はいなかった。

…戻りたい。 彼女とすごしていたあの日々に。
 帰りたい。 彼女の元へ。

それだけが自分の中を駆けめぐっていた。
逆にそのおかげで非道い争いの中、何とか正気を保っていられたのだ。

支えだった。 彼女の存在は、いつも心にあったのだ。
そして長い長い争いは、静かに幕を閉じた。

ギコが終幕の知らせを聞いたのは、ある午前のことだった。


『終わり無きモノなど無い』自分でそう言ったのに、終わったことが不思議に思う。
あの恐ろしい争いがこんなにあっけなく終わるだなんて。

そして瓦礫と武器と…“進めなくなった者”ばかりが山をつくるかのように積み重なっているこの戦場の風景が目の前に広がっているのに、今気づいた気さえした。
『進むこと』ばかり考えて、周りなど見えなかったからだろう。
そして、汚れている自分の手を呆然と眺めた。

周りは火に覆われ、焼け野原となっていた。火に照らされ、熱い。
少しくらくらしながらも、ギコは踏ん張って立っていた。
そんなギコに躊躇いもなく突き刺すような強さで太陽は照っている。
当たりの眩しさに、目を閉じる。 目蓋の裏には、まだ光の残像が軌跡としてくっきりと残っていた。


目が光に慣れてきた頃、また歩き出した。 我が家に帰るために。
ふらつく足取りで、それでも歩く。息を切らしながらも、ゆっくり歩く。

その道の端から、何処に隠れていたのか、ふわりと蝶が舞っていた。
その蝶は遠くへふわふわ飛んで行く。
蝶に目を奪われ、少しの間眺めていた。
その後、前に視線を戻したときに、道の角に小さな花があった。
白い色は存在感があった。
周りの草花が枯れ果て、焼けてしまった中で、その白い花だけが取り残されたようにぽつんとあった。

    彼女に…

  「この、一輪の花をあげようか…。」

彼女へのおみやげに。

彼女は美しく咲く花壇の花々より、道ばたに忘れられたように咲く雑草と呼ばれる草花が好きだった。
「とても強くて、頑張って咲いていてね、とても可愛いのよ。見ている私も元気になるようで。」
 道に咲く小さな花を見つける度に、そう言っていた。


さぁ、帰ろうか。彼女の元へ 帰ろうか。
俺は、帰路を急いだ…。


今でも鮮明に残る記憶。何時までも俺の中で色褪せることなど無いだろう。


立ち止まってもいいじゃないか。少し戻っても、心を潤すために。
心に残すのだ。 自分はではひとりではなかったのだと。…俺は独りではなかった。

…死ぬときは独りだと言うけれども、それでは寂しすぎるから。
自分が生きてきたこの道には、俺がこの先何処に行くのかなんて…答えなんて無い。
 
   でも 支えてくれた者がいた。

だからこそ戻る。幸せだと感じた日々へ…心の故郷へと。
過去へと戻り、  そして今度は前へと進む。
前進と交代を繰り返す。

  少し戻ってしまったなら、前以上に進もうか。

夢を見ることがある。彼女の夢を。 
いつも俺を慰めるかのように寄り添っている。そしていつも、同じ言葉を俺に告げる。
『大丈夫だから。あなたは、大丈夫。きっと、どんな障害でも乗り越えてゆけるから。
私は待ってるよ。遠く離れた此処ではない場所で、いつも見てるよ。
…大丈夫、大丈夫。弱気にならないで。ずっとあなたは私を護ってくれたから、私は今、あなたを見守ってるから…』

返せただろうか。あの時彼女が笑ってくれたようにその言葉に笑って返せていただろうか。
「ありがとう…俺、頑張るよ」
彼女の名を呼ぶ前にいつも起きた。
起きたときには、俺は涙を流していた。

その涙は彼女に会えたうれしさからか?…それとも別れた悲しさからか? その涙の意味はいつも分からなかった。

ねぇ、今もまだ俺を待ってくれているのかい?俺、大丈夫だから。
「もう決めたから。」
いつの間にか、ギコはあの墓の前まで戻っていた。そのギコの横を、ふわりと舞う蝶がいた。
―つられて戻ってきたのか、俺は―
右手に持っていた掃除道具を地面におろし、真っ直ぐに墓を見つめた。
「俺、行くよ。もう墓の前にこうやって立つことはないと思う。でも、君のことは絶対に忘れない。見つけたんだ、君は俺の心に居た…。」

今まで俺は、過去を思い出して戻っていた。心に安らぎを求めていた。

  さぁ、今度は進もうか、戻った分進もうか…。


「さよなら、また会おう。 しぃ…!」

何も返事など無い。ただ、墓に供えられた一輪の白い、小さな花が風に吹かれて気持ちよさそうに揺れた。

俺の中にあった、暗くて深い塞ぎようもなかった冷たい穴が徐々に埋まってきたような気がした。
そして、笑顔を向けることが出来た。もしかしたら、少しぎこちなかったかもしれないが。
返してくれるだろうか、遠く離れたところで。
今、笑い返してくれただろうか。
決心と共に熱いモノが瞳にこみ上げた。
この涙はうれしさからだ…


おれの一生と言う名の一瞬であろう旅が、此処から始まる。
この暖かい一瞬は何時までも色褪せることはないだろう。

辛い時は終わった。終わり無きモノなど無いのだから。

     『進むために、戻る』

この旅路をゆっくり歩き出そう。

ある国のある街の緑生い茂るところに来る者はもう居ない。
墓の周りには白い花が咲き、太陽の光に照らされ、誇らしくそこにあった。
此処へ来ていた彼は、遠くへと旅だった。
何処へ向かったか、は  今となってはわからない…。


「ひとりじゃないから」 彼女はそう言った。

彼はそれに、笑顔で答えた  

「ありがとう、しぃ」

何処かで彼は前へと進む。
彼の心に“諦める”という選択肢など  無い。


♪       ♪        ♪

遠い未来の果てには生きる資格が必要だった。

有能な者だけが生き残れる世界。そうなるしかなかったわけであって、―その時代の者達のせいじゃない…。
それしか術はもう無いのだから。
…もうこの世界から生物が消えることを食い止めるなど出来ないに等しいといってもいい。
それでもあがいて、生き残るために皆が必死だ。
彼らを過去の者達は避難するだろう。

“それは差別だろう?…いけないことだろう?”

そう思うなら。
そう思うなら何故この時代に余裕を残してくれなかったのか。
…個人が必要とされなくなるのも。
森がないのも。
生物が消えてゆくのも。

…奪われていった。過去が、すべてを。…残してくれなかった。

少女は自分がいらない存在になったことをたった今告げられた。
…この少女は平均並みの働きも出来なかった。生まれつき病弱で、満足に仕事をこなすことが出来なかったのである。
この世界で働けない者など、必要とされるわけがなかった。

…彼女は過去も未来も意志だけならば自由に行くことが出来た。
だからといって、この時代の者からすればそんな能力があるよりも。過去や未来を見るよりも。
いかにして多く働くか、それのみを考えることの方が比べようにもないほど大事だった。


この世界は、森が消え、生物も急激に減少してきている。
海面は恐ろしいスピードで上昇している。
地球温暖化、森林伐採…過去の者は、それを当たり前として続けてきた。
…その結果だ。それを、今の者達が償う。
“神に見捨てられた時代”何時しか、誰かがそう呼んだ。


自然のサイクルが完全に破壊され、状態異常を起こし、生き残った部類の生物もウイルスに冒され、奇形種が誤って誕生する。
99%が海に覆われ、土地はほとんど海底に沈んだ。今ある地面はすべて人工で作られている。
しかし、未だに海面は上昇のスピードを緩めない。
木々がとても少なく、食料となる生物たちも消えてゆく。


そしてある時、酸素が絶望的に激減したことがあった。生きる者達は木を育て、生物を育てた。
…でも、それだけでは無理だった。
そこで、無能な者を消すことにしたのだ。

働けないなら、存在しなくていい。
ただの足手まといでしかないのだから。

少女には好意を抱く者が居た。その者は、この世界で有名になるほどに貢献してきた。他の倍働き、緑を着実に増やしてゆく。

少女とは真逆の存在で、比べようとするなんて愚かな行為以外の何物でもないと言ってもいいほどだった。
彼にはまだ彼女…でぃが“いらない者”とされた知らせは届いていないのだろうか。
こうしている間にも世のためになることを黙々とこなしているのだろう。

“いらない者は海へと沈む”すべての大陸を闇へと葬った底知れぬ海へと。海にいる奇形種達の餌となり、効率がいいという。
『最後の仕事』と呼ばれるシステムだ。


でぃは逃げるように意識を過去へと飛ばす。仕事が出来なくて、体が弱いでぃのただ一つの特技だった。
無意識状態になり、鳥のように羽ばたくことを思う。
すっと体が軽くなるような、不思議な感覚。


そして、次の瞬間には、見事なほどに緑生い茂る場所にいた。
空間にもう入りきれない、というほどに草花が密集しているこの土地。
でぃがあこがれている場所だった。白い小さな花が、辺りにふるいでふるわれた粉のように、均等に生えている。

アレ…。その花咲き誇る場所の中心に、見たこともない建物らしき…いや、それにしては小さすぎる。
石で出来ていて、下に大きな平たい土台みたいなものが、そして上に細長い石が乗せてある、滑稽なものだった。
「読メナイ…ナンナンデショウカ、コレハ」
上に乗っている石に、文字らしきものが刻まれているようだ。
でぃの世界ではごく限られた者のみが「学習すること」を許可されていて、もちろんでぃは習ってなどいなかった。

奥からこの小さな広場へと続く道の先に、蝶がふわりと舞っていて…
「ア…」でぃはそう言い残し、すっとこの広場から消えていた。また別の時代へと飛んだのだ。…誰かが広場へとやってきたから。

「もう、決めたから…」蝶舞う道を辿り、広場へと入ってきた者は、そう一人心地に呟いた。

「さよなら、また会おう。 しぃ」
穏やかな風が吹く場所。

もう、迷いは無い。あきらめなどない。見守っててくれよ、俺なりに進むから…。

瞳に光り宿した彼が、進むことを誓う。彼は生き延びるだろう。この悲しくも儚い世界を。
何処へ向かっても、もう一人だなんて思わないから。
彼は振り返らずに元来た道へと戻る。
 今度は、進む時だから…。

この道行こうか 自分だけの道、行こうか。短いようでとてつもなく長いこの旅。
果てなく見えるこの旅路の先に、何があるのか。何が見つかるのか。…誰と出会うのか。

『振り返るな、前へと進め』誰かに、そう言われたことがあった。
違う、と思った。説明も出来ないし、理由もなかった。ただ単にその言葉に違和感を感じた。そうではないのではないか、と。

今はわかる。俺が立ち止まるのは心を癒すため。
俺が振り返るのは誇るため。
自分の生き様を、何より大切な者を。
一人じゃないよ、今まで数え切れないほどの者達が支えてくれたから。
 

    ねぇ、そうだろう?俺の大切な者よ。


ふわっとどこかに、黄色い麦わら帽子が舞い降りた。
帽子は降り注ぐ光をいっぱいに受けた後、また地を離れた。


「私ニ居場所ナド無イノデスネ…」
でぃがぽつりと呟く。ひび割れたずいぶん古いアスファルトが、太陽の光を照り返す。
生物を見守るように照らしていた光は、いつの間にか遮るものがなくなり、強く突き刺すように照りつけるようになっていた。


遙か彼方過去の時代、一本…また一本と木が倒れてゆく。
巨大な筒状の物から、溢れるように立ちこめる煙、途切れることを知らない。
土の中に埋まるプラスチック、消えることを知らない。
絶えること無い人混みの中、今日もまた多くがゴミを投げ捨てる。
動物が、殺されてゆく。

  聞こえないのか?森の悲鳴が。
  いや、このすべての苦しむ声が。

 切らないで、燃やさないで、捨てないで、殺さないで。

そんなに…手に余るほどあるなら、こっちに分けてよ。
もう何も残ってないんだよ。

幸せになる権利があるはずなのに
       生きる権利さえないなんて。

何故私たちが償わないといけないの?
消したのは…すべてを奪ったのは過去なのに。

でぃは悔しくて唇を強くかんだ。
別に、こんな世界が好きなわけではない。自分が荷物になっていることも知っている。 それでも、でぃは生きたかった。
「タカラサン…」
あなたと、もう会えなくなるかと思うと、とても悲しくて、どうしようもなくて。
一度流れてしまった涙は、しばらく止まりそうにもなかった。


「ドウシマショウ ノルマヲコエナカッタ…」“いらない者”にされてしまう。
あわてておろおろと栽培していた草花の周りを歩き回る。
でぃは体が弱いため、生物の保護も、土地を広げる企業にも入ることが出来なかった。
だから木々を育て酸素や森を作る個人で出来る仕事を選んだ。 しかし、それでも十分な働きは出来なかった。

「…でぃさん、僕 定められた仕事よりも多く達成できたんです。僕の木分けてあげますよ」
タカラはとても優秀だった。企業に入り、暇さえあれば木々も育てた。この世界の住人のトップクラスの働きをしていた。
毎回タカラはでぃに自分の分を分けて、それでも彼は有り余るほどに毎日働いていた。
でぃはそのため、今までは“いらない者”にはならなかった。

自分を恥じ、いつも彼に申し訳ないと思っていた。
そしてきちんと働き、それでもノルマを達成できずに処分されてしまった者達にも、心の中で何度も謝った。

ある日、この世界の頂点に立つ者が気づいた。
いつ頃からか、タカラのこなした仕事の量がわずかながらも減っている。
それでもノルマを超えているのだから、そう気にしてはいなかったが、何かがおかしい。

それは、達成した仕事を、でぃがしたこととして提出していたからだった。

そしてタカラが企業の仕事に出かけていない今、知らせが届いた。タカラがでぃを庇わぬように、と考えているのだろう。
白い飾り気のない紙に「来週あなたの最後の仕事となる」
と手書きのはずなのに、暖かみのない突き放したような文が細々と書き込まれていた。

氷の手が、心臓をきつく握り潰そうとするかのように、体が芯から冷え切って、押しつぶされそうな気がした。
「邪魔者」幻聴がでぃの心に深く突き刺さり、痛い…。

こうなる日がくることを覚悟していたのに、本当にその日が来た今、涙は止まりそうにもなかった。
…それでも。それでも生きたいと思う自分がいたから。
「タカラサン…」もう一度、彼を小さく呼んだ。

ふわっと舞い上がることだけを考えた。 でぃはまた、逃げるように過去へと飛んだ。
あぁ、見たくもない。戦争をして、森を消していく時代を見るたび、でぃはまた次の時代へ逃げる。
どの時代も同じだと言うことは頭の何処かで当たり前だ、と悲痛にも言う自分がいた。
それでも、すくいを求めるかのように、また、次の時代へと。
みるみる消えてゆくすべてが、元に戻ることなど…。
過去は何処を見ても…同じことをやっていた。でぃは無言になった。

 「…!!!」 「…!」


「アレ…?」何か、聞こえる。

「…対…!」 「…反対!!」「戦争…反対だ!」

でぃは目を見開く。  …今、何て…?

“戦争をやめろ”彼らはそう叫ぶ。

「戦争は無意味だ!!」    すべてを失う。

「話し合うべきだ!」     前へと進め。

最初はとても少ない声だったのが、すべての時代から響き出す。
拳を振り上げて、空を飛ぶ黒い物体へ、大の大人達が叫ぶ。「罪無き者を殺すな!!」
焼け野原で一人泣く子供が叫ぶ。「返して!母さん、父さん…」

森を消さないで 森には動物たちがいる。

「もう核なんていらないだろう?」 「平和がほしい…。」

叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ…。悲痛の思いを。

あぁ。 でぃはその場にペタンと崩れ落ちるように座り込んだ。
「ドノ時代モ イタノデスネ…」 助けを求める者が。そして、救おうとする者が。
その思いが報われずに、あんな時代へとなったのか。
でぃはどうしようもない気持ちでいっぱいだった。


憎んでいた…いや、羨ましかった過去も思うように進まない世界にとまどい、傷つき、泣いていた。


「神サマハ 助ケテクレナイノデスカ」でぃはぽつりとか細い声で言う。いつも神に祈っていた。助けて下さい、と。
「神サマハ… イナイノデスカ?」毎日信じ、祈っていたモノは何だったのだろうか。

  苦しみを伴わない時代はなかった。

無意識に時代を移動し、悲しい声を多く聞いてきた今、この時代が何処なのか見当も付かなかった。

辺りは暗く、月と星の光が自分を微かに照らしている。
ふと耳を澄ませば、声…いや、歌が聞こえた。
静かな夜に響く歌が。


『この美しい世界の果てで 君は何を思ったのだろうか

この悲しすぎるほど美しい世界は 誰のためにあるのだろうか
  
終わらない物など無い それでも君といた時間をなつかしく思うよ
  
君がいないから世界を悲しいと感じた

君がいたからこそ世界を美しいと、 すばらしいと思えたんだ

旅人は歩んで行く  このすばらしい世界を』


少しだけ高い、小さな歌声。それでも透き通るような声だった。
「歌、上手デスネ」
でぃは思わずランプを手に持ち、もう片方の手を胸に当て、俯きがちに木に寄り添うその歌い手に呼びかけた。
歌い手は、でぃが来たのに気づかなかったらしく、声をかけられてとても驚いていた。
目をぱちくりと開くその者に、もう一度でぃは言った。
「上手デスネ」
やはりポカンとしていたが、やがて「ありがとう」と呟くように返した。歌を聞かれたのが恥ずかしかったらしく、小さな声だった。

「何トイウ歌デスカ?」「え?…えっと…何が、いいと思う?」
逆に聞き返してきた。
「遠キ幸セ」考えもせず、直感で答えた。
「……」最初、びっくりしたような顔をして、そしてにこっと力無く笑った。
「そうだな…あぁ。幸せは遠い。…遠すぎて何が幸せなのかわからなくなることもある…」
何度か、でぃが付けた名を呟き、納得した、というように軽くうなずく。

「ソノ歌ハ遠イ過去ノコトデスカ」そのいきなりなでぃの一言に、失礼だ、という素振りも一切見せず…しかし疲れたような笑いが消えた。
「あぁ、戦争で、ね。守れなかったんだよ。傍にいることが出来なかった…。」ただ、ランプの光一点を目を細めて見つめている。

「…私ハ、近イウチニ消エマス」「…?」
何故話そうと思ったのかは自分でもわからない。この者が、他の者とは違う、と感じたからかもしれない。
でもその理由はない。ただ、何となく。
そしてでぃはすべてを話した。自分がこの時代の者では無いことも、自分が今立たされている立場も、話した。

歌い手は少し考え、「信じてもいいかな、その話」軽く微笑んで、言った。
「信ジテクレルノデスカ」「…あぁ」
でぃ自身は気にしていなかったが、意志だけの存在であるでぃは、透けていた。
でぃに気づいた時の驚きが大きかったのは、そのこともあった。

少し間をあけた後、呟く。
「私ハ必要トサレナイ者…」「何でそう言えるんだ?」
ランプを持ったまま、歌い手はすっと立ち上がる。
ちらっとでぃを一瞥し、遠き星空を眺めた。
「何故、ト言ウノデスカ 実際私ハ必要トサレズニ消エテ…」
(消えていってしまうのに)そう、でぃが言う前に。

「じゃぁ、何で今まで生きてこれた?」
「エ…?」
落ち着いた仕草で目を閉じ、言う。
「君が必要だったから…大切だったら『タカラ』は君に手を貸したんじゃないのか?
自分の大切な仕事を手放してまでも、君を守ったんじゃないか。君は必要とされている。
彼は君に消えてほしくないって思っているんだ。…必要とされない者がいてはいけないんだ…いや、」
そこまで言って一旦言葉を切る。

でぃは歌い手の言葉が、とても暖かく、大きな優しい力に感じた。
そしてタカラに会いたくなった。会って話がしたかった。

 「必要とされない者なんて いない。」
その一言が凛と森に響く。いや、でぃの心に響いた。


「あぁ、もう日が完全に沈んでしまった。」いきなりそう言って、にこりと困ったような笑顔を向ける。
彼は普通に笑っているつもりなのだろうか。
手に持ったランプの光は先ほどよりも強く闇にほのめいていた。
でぃはその姿を見つめる。自分と同じか、それ以下か…。
それくらいの年齢だろうか。
それなのに、心が強かった。だからこそ戦争が絶えなかった過去の時代を生きていられたのだろう。


…その者に、一つだけ聞きたいことがあった。ずっと考えていた。
  “この世界に 神はいるのだろうか”

「アノ」 「ん…?」優しい柔らかな視線を向けてきた。でもその笑顔には影が見えるように感じたのは気のせいだろうか。


「神ハ存在スルト思イマスカ」「え…?」
「私ハ何時モ神ニ祈リマス。イルト思イマスカ?」


神はいるのか? あぁ、それは俺も何度も探した。迷宮のような所を彷徨って探す。 救世主は、いるのか?
応答がないので、でぃは俯いた。
遥か過去の者に聞いても…答えなどでないのか。

「神は…」


その声にはっとでぃは顔を上げる。でぃの目を真っ直ぐに見つめ、もう一度静かに言った。

「神は、いない。存在しない」

思い沈黙の後、「ソウ…デスカ…」
今まで自分祈ってきたのは無意味だったのか。泣きそうなでぃから視線を離さず、言う。


「なのに何故、神という存在が創造されたのか。無いモノがあると信じられてきたのか。」


「ひとつは『恐いから』だ。何故世界が始まったか。何故、どうして、どうやって…?
何もかもがわからない。手探りで暗闇を進むのは何よりも辛い。
…それらを行った者を一人だとすれば? そうすれば救世主を、…すべてを味方につける。
「神」という存在は自分達を見守っている、と。

そして「独りでない」と。大きな優しい存在が自分を見守ってくれていると信じたかったから。
一人じゃ…独りじゃないって。奇跡も偶然もない。すべては必然…
生きる者は自分の力すべてを出し切ってはいない。強く願った時に、いきなりその力を発揮することがあるんだ。
それを奇跡として第三者が助けてくれたのだと考えたら?
無意識な自分の力に気づかずに
 誰かが、助けてくれた、と。
「神」という存在。孤独な者達が生んだこの創造物が今も見守ってくれていると信じたいから。
でも、な。気づくんだ」

視線をでぃから離し、空の彼方をまた見つめる。
彼にはこの空がどう見えているのだろうか。
きっとこのくすんだように見える闇は、澄んで見えるのだろうか。

「自分を見守っているのは神ではないと。自分が必要としているのは、神じゃなくて大切な者」
(タカラサン…)真っ先に思い浮かべるはあの笑顔。でぃは歌い手を見つめた。
…この者は、悲しみを乗り越えた分、強く、自分の意志をもっている。
それに比べて今まで怯えてばかりで何も出来なかった自分が、とてもとても小さな存在に思えた。

「未完成な者から生まれた未完成な救世主はあまりにも儚すぎた。全知全能とはかけ離れていたんだ。
未完成な者達が望んで、作ったのは強い存在でも、おそろしいほどの知力でも、何でも出来ることでもない。
見守ってくれる存在、ただそれだけだった。」

言いたいことはすべて口にしたらしく、そこで離しは終わった。


「アナタハ今、欲シイデスカ?…ソノ存在ガ」唐突にでぃが聞く。 「いいや、もういらない」 即答だった。
「もう、いるよ。彼女は遠く離れたところで、いつも見守っててくれてるからさ。」

          それが俺の『遠き幸せ』。

「ソウデスカ。私モ、彼ヲ見守ルコトニシマスネ」口の端が、きゅっと少し上に上がる。 困ったように笑う歌い手も、でぃも、笑顔が下手だった。

「タカラが知らせを聞いたとしたら、それは無いかもしれないな。」 「エ…?」 「いや、何でもない」

しばらくたって、でぃはぼんやりとしながらも、此処に長い時間いたことに気が付いた。
「私、ソロソロ戻リマス。」
「あぁ、さよなら、かな。 …信じろよ。」
「…? 神ハイナイ、アナタガソウ言ッタ」いない、と言っておきながらも信じろと言うのはおかしいだろう、と思った。
「違う。俺が言ったのは、今まで「神」と置き換えてきたタカラを、だ。彼が自分の元に来ることを」
でぃは不思議そうな顔をし、そしてまた下手な笑顔を向ける。


「アナタハ強イ。現実ヲ受ケ止メ、ソレデモ立ッテイラレル。アナタニナリタイ、私ハ強ク大キナ存在トナリタイ…」


そして元々透けていた意志のみだったでぃは消えた。

歌い手は、でぃと初めてあった時よりも大きく目を見開いて、でぃがいた辺りを呆然と見つめる。
「俺が、強いだと…?」
がくん、と腰を落とし、膝で立つような姿勢となった。


「だったら何故俺は助けられなかったんだ。君も、彼女も… 俺は無力だ。
弱いくせに、自分が何も出来ないことを知ってるくせに強がる…。」

傲慢か?未完成なくせに、誰かを守りたいというこの思いは。
この思いは偽善なのか?俺が満足したいだけで作りだした思いなのか?
違う、…大切な者を。見守ってくれている存在を、本当は俺が守りたかったんだ。

戻っていいだろう?もう今までずっと進んできたんだから。少しだけ…
歌い手は いや、ギコは木に背をもたれて、涙を流した。
空が、一緒に静かに泣いた。


「はぁ…はぁ…」荒い息づかいでずっと道を走り続ける。もうすぐだ、もうすぐ。急げ!「…でぃ…さん」
坂道も下り坂も、どんどん走り抜ける。急げ!!彼女が危ない。
見慣れた街並みが見えてきた。無事で、いてください。
「あなたがいないと僕にはこの世界に生きる価値など無い。」
刻々とその時まで時を刻む時計は、いくら願っても止まることはない。

顔の前で手を握る。強く、強く。「タカラサン…」
『彼が自分の元に来ることを』頭の中で、歌い手の言葉がぐるぐると回っている。
  タカラさん、私は幸せでした。

朝の日差しを感じ、目を開けた。あぁ、でぃ達はどうしているだろうか。
あの二人は離ればなれにはならないだろう。いや、なって欲しくないんだ。俺の、二の舞になど、なってほしくない。
だとしたら、あの二人の選択肢はたった一つだというのはもう目に見えていた。
でぃを生き残らせる確率など0に等しい。今まで処分に例外はなかっただろうから。
例え優秀なタカラが何を言おうとも、すべてを敵に回すだけ。
他にも愛する者を処分されてきた者など大勢いるだろうから、『特別』は無い。どうにもできない…。

空が明るくなって使い物にならなくなったランプを置き去りにし、ゆっくりその場を歩き出す。

     答えは、一つ。


もうでぃを此処で見送った時からその選択肢しかないことをわかっていた。
それでも、心の何処かの喪失感が拭えなかった。「ごめん、ごめんな…」
俺は誰に謝るべき?…何も出来なかった無力の俺は。


ある時、海荒れる岩場に二人は立っていた。一人が、もう一人を庇うように肩を寄せ合う。
「会えて良かった、あなたに…」「エェ…」
二人は、微笑み合った。もう、未練は無い。


『過去ノ者ハ身勝手過ギル!恨ンデモ恨ミキレナイクライデス。責任トッテクレテモイイジャナイデスカ。何故私達ダケガコンナ目ニ遭ワナイトイケナインデスカ!!』
毎日、毎日過去を羨んで、泣いていた。あの自分は何処へ行ったのだろうか。
今ならわかる。苦しまない者などいないことを。


果てが近づく道の終わりを寄り添うように進む二人は、途切れた道の上の空を見上げた。
二人は、空を飛ぶことを知る。一度地を離れれば、もう二度と地上に降りることが出来ないのを、心の隅で感じ取る。
引き返すことが出来なくなるが、二人は躊躇わなかった。二人が、終わりを望んだから。生きることに意味はもう無い。二人でいれば…。
出会うために、生まれてきたのだから。躊躇わなかった。


どよめきにその音はかき消される。冷たい海が暖かく感じられるほどに心地よくて。二人つないだ手を離すことはなかった。


  『二人とも、見守られる側にも見守る側にもならない、残された道』ギコが、そっと呟いた。


また、あの歌を歌い出す。時の旅人が名付けた、あの歌を。あの時と同じ歌詞を歌い、そして新しく付け足された部分があった。


       『もう離れることはないだろう。旅人は新たな世界へと旅立つ  未知の世界へ』

空を見た。昨日と変わりなく始まる一日。やはり守ることの出来なかった自分。目を伏せたくなる現実。

   「それでも俺は生きているんだ。」

どうしようもないこの世界に、行く当てもなく彷徨う者達は、答えを探し求めながらも歩き続ける。

何を信じればよいのか。何にすがればよいのか。何のために生きればよいのか。

自分の価値は、“未知の世界への旅人”となる直前に考えようか。
幸せだったか、生きてて良かったと思えたか。


ふと木の先の枝に引っかかっているモノを見つける。それは、汚れた黄色い麦わら帽子だった。
懐かしそうな顔で、見上げながら眺めていると、それを邪魔するように風が吹き、帽子は舞い上がる。
一瞬唖然とその様子を見つめていたが、苦笑いをし、見上げるのをやめた。

帽子の後を追わせるように手のひらに載せた白い花弁に息を優しく吹きかける。
ふわっと夢のように舞った花弁は、帽子と同じ方向に消えていった。
今度は見上げることもせず、歩き出した。

「…進もうかな。また、何処かへ」

生を受ける者は無力だ。『支え合う』ために、力を持たず、生まれてくる。


一人じゃないよ、今まで数え切れないほどの者達が支えてくれたから…。


 
end.

 

 

 

〜〜〜〜〜後書き〜〜〜〜〜〜〜

『自分はこの先どこへ行くのか、何故生きるのか、神や命とは』幼い頃から考えていた。
その後、自分の考えを文章に、まとめた。文を書いた後ふと、『自分には何が出来るのか』そう思った。
まだ、自分は進むべきだろう。答えを求めて…。
二人の主人公の選ぶ道、まだ文にする力が未熟なのですが、自分なりに。
孤独で苦しむ者と、時代の流れに苦しむ者。最後に二人を合わせたのは、過去の者を恨んだままにしたくなかったからです。
どうしようもないこの世界の現在でも、優しい者がいる。それを書きたかったのです。
少しでも伝われば、と思っています。