春休みだってのに、なんで学校に行かなくちゃいけないのかしら。
そう思いながら私は桜並木の通学路を歩いていた。
私の学校はいわゆる進学校で、課外という名目で春休みに授業を行っている。
めんどくさいなあ。休みは勉強するためにあるんじゃないのに。
私は学校に到着し、自分の教室に向かった。
めんどくさいなら来なきゃいいって?
そりゃめんどくさいけど、私には行く理由があるの!

「おっす、しぃ」

そいつは私を見つけると屈託の無い笑顔で話しかけてきた。

「おはよう、ギコ」

ギコは私の「彼氏」だ。
そう、こいつに会いたいから学校に来てるの。悪い?

「あのさ、宿題やった?」
「あんた忘れたの? しょうがないわね…。ほら、貸してあげる」

ノートを渡すと「サンキュ」とまた笑顔を私に向けてきた。
こいつはみっともないとこもあるけど……笑顔がとっても好きだ。
…てっ、なに頭の中を桜満開にしてんのよ!
私は頭をブンブンと振るとギコに怒鳴った。

「あんたさ、最近たるんでるんじゃない? しっかりしなさいよ!」
「ど、どうしたんだよ。俺なんかした?」

戸惑った様に顔を歪めるギコも可愛いなぁ…とか考えてないから!
私は怒鳴る気もなくなってため息をついた。

「そういえばさ」

ギコが思い出したように言った。

「もう少しだよな。小説感謝祭」
「うん、そうだったわね」

私とギコはある投稿小説サイトの常連だった。といっても作者ではなく、閲覧するだけだが。
そのサイトで近日、小説の大会のようなものがあるのだ。

「やっぱさ、いつもよりすごい小説が読めるわよね」
「ああ……」

ギコは遠い目をして答えた。
最近、ギコは時々こんな風になることが多くなった。
なんか考え込んでいるっていうか、悩んでいるというか。
私は何か聞きだそうとしたけど、その時先生が入ってきてしかたなく自分の席に戻った。


授業は昼までで、午後からやっと休日気分だ。

「ギコ、買い物付き合ってよ。買いたい物があるんだけど」
「悪い。俺用事あるから」
「ふーん…用事って?」
「あー、あれだよ。田舎に日帰りで里帰りすることになってな。俺もそれに付き合わされることになったんだ。
 スマンな。今度埋め合わせするから。じゃあな」

ギコはそういうと、教室から出て行った。
…つまんない。でも、仕方ないか。一人で買い物へ行こ。

服やら小物やら雑貨やらの店をハシゴして、買いたい物を買いまくった。
少し、買いすぎたかな…? でもギコにぴったりな時計が買えたからいっか。
ギコ、喜ぶだろうか?
私はそんな事を思いながら、学校近くの公園に入った。
この公園はお気に入りの場所で素敵な所だった。
いつものベンチに座ろうと足を進めると、私は目を疑った。

ギコと見知らぬ女がベンチに座っている。
いや、あの女の人は確か――文芸部で4組のでぃだ。
なんで? ギコとでぃがなんで一緒にいるの?
ギコとでぃは楽しそうにしゃべってる。
私に向けられていた笑顔が、でぃに向けられている。
私はただ呆然と見てるだけだった。
そのうち、でぃが立ち上がり、ギコにあいさつを交わすと去って行った。
ギコも立ち上がると……こっちに向かって来る。

逃げなきゃ――なんで?
聞かなきゃ――何を?

頭が混乱して何をするべきが分からず、結局何も出来なかった。

「しぃ…!? なんで、ここに……」

ギコは私を見つけると激しく動揺したようだった。
私はそんなギコを見ていられず走り出した。

「おい、待てよ、しぃ!」

後ろからギコが追いかけて来て、私の手首を掴んだ。

「放してよ! 私なんかよりでぃの所に行ったらいいでしょ!」
「聞け! お前が思ってることは違うんだ! そんなことは断じてない!」
「何が!? 私に嘘をついて、でぃと会ってたのに!? それのどこが違うのよ!」

ギコはたじろいだ。その顔は青白く、困惑の色を浮かべている。

「違うんだ。俺はただ相談に乗ってもらっていただけで…」
「相談ってなにを?」
「……」

何か言ってよ…。否定してよ…。
だけど、ギコは何も言わなかった。
私は彼に背を向けると歩き出した。

「帰る」
「待てよ、しぃ」
「帰る!」

私は振り返らず去っていく。
ギコはいつまでも追いかけて来なかった。



部屋に閉じこもると、私はベットの布団に潜り込んだ。
目からは涙がこぼれ落ち続けている。
彼が好きだった。彼も愛してくれてると信じていた。
でも、違った。
私は泣き続けた。もう、何もかもどうでも良かった…。

次の日も次の日も学校には行かず、私は部屋に篭った。
携帯が何度も鳴ったけど出なかった。母さんがドアの向こうから何か言ってたけど無視した。
ただ、一日が過ぎて行くのを待つだけだった。
もう、何日が過ぎたっけ?
私はカレンダーの日付を確認する。
3月21日…。小説感謝祭の日だ。
気晴らしくらいはなるかな?
私はパソコンを立ち上げ、小説サイトを開いた。
上から順番に一つずつ読んでいく。
さすがに祭りの小説だけあって読み応えのある小説が多い。
SFや幻想ホラーなども完成度が高かった。

そして、私は8番目の小説を読み始めた。
どうやら恋愛ロマンスらしい。
少しずつ下にスクロールさせていくが、はっきりいって下手糞だった。
文章の構成力も無いに等しい。誤字も多い。
もう、読むのをやめようかと思ったが私は読み続けた。
何故だか分からない。
単なる暇つぶしが欲しかったのかもしれない。
でも、すぐ違うと思った。
何かこの小説に惹きつけられるものがあったのだ。
登場人物のやり取り、話の展開。何故か分からないが、温かいと感じる。
そして、この不思議な感じ…なんだろう…。
例えるなら…「親近感」だろうか。
私だって何故かは分からない。
でも、そう感じるのだからしかたないでしょ?
私はラストまで読み終えた。
この変なわだかまりはまだ消えてないけど、いい気分だ。
作者のあとがきを見ようと私は一番下にスクロールさせる。


ウソ…信じられない…ありえない…
頭の中が真っ白に染められていく。
なにがなんだか分からなくなる。
こんな事が起こる訳ない。だって…。
手が震える。胸が苦しい。目頭が熱い。
たった少しの一文が私を混乱させる。
そう、たった少しの一文が……




―俺がすきなのはお前だけだ、しぃ―





五日ぶりに制服を着た。
顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨く。
当たり前のサイクルだ。
靴を履き、ドアの取っ手に手をかける。
ギコに謝らなくちゃいけない。
私はとんでもない誤解をしていた。

「あ…」
「おっす、しぃ」

ドアを開けるとギコが立っていた。
いつもの笑顔で私を見てくれている。
懐かしくて嬉しくて温かい。

「あの…」
「どうした? 早く学校行こうぜ」

私はギコと一緒に歩き始めた。
お互いに沈黙を保っている。

「外に出てきたって事はさ、見てくれたのか?」

ギコがおずおずと話しかけてきた。
もちろん、アレのことだ。

「うん」

ギコは頭を掻き、恥ずかしそうに笑った。

「いやぁ、自分でもすげぇヘッタ糞だと思ったよ。それでさ、文芸部のでぃにアドバイスを貰おうと相談に乗ってもらったんだ」

公園で私が見たことだ。
全部私のためだったんだ。
私が勝手に勘違いしてただけなんだ。

「どうしても驚かしたかったんだ。馬鹿だよな。さっさと本当のことを言えば良いのに。ごめん」

ギコは立ち止まると頭を下げた。
違うよ…。謝らなくちゃいけないのは私なのに…。

「しぃ?」

私は泣いていた。どうしようもないほど涙がこぼれ続ける。

「ごめんなさい…ギコを信じなくてごめんなさい…私……私…」

突然、何も見えなくなった。
気付くとギコに抱き締められていたのだ。
ギコは何も言わず、背中をさすってくれた。
ギコは優しい。こんな私を許してくれる。
それがとても嬉しかった。


しばらくそうしていたが、ここが公道だということを思い出した。
急に恥ずかしくなり私はギコから離れた。

「あ、ありがと!」

あー、顔が熱い。たぶん真赤になってるだろう。
ギコの方を横目で見るとニヤニヤしている。
「な、何よ!」
「いや、あんなに密着してると、あれだ。『胸』があた―」
「な…バカー!」

怒りに任せ、バッグで殴りかかったが、ヒョイと避けられた。

「はははは、まだまだ甘いな」
「うるさい!」
「なんなら、また抱きしめてやってもいいぜ?」
「うるさい!」
「お前、以外と胸がでか―」
「うるさーい!」

ギコが走り出し、追いかける形となった。
いつものふたり。いつもの情景。
それがとても幸せなことだった。
そして、大切な気持ち。




ギコがすき。