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KILLING×KILLING

正義とは、なんだろうか。
世の中には、いつの間にか正義があり、悪がある。
悪を打ち倒すのが、正義なのだろうか。
それならば、悪に正義は無いのか。
否、悪にも悪なりの正義がある。
これは、『正義』と『悪』、2つの軍団が、お互いの『正義』を振りかざして戦った、1つの戦いの物語・・・


満月に照らされる薄暗い路地。
1人の男が、煙草を吹かしながら背を丸め歩いている。
「・・・今夜はやけに冷えるな・・・」
誰に言うわけでもなく男が呟く。その言葉が危険予知の第六感から来ているものだと、男は気付かない。
満月をバックに、空に舞う二つの影。
刹那、男の前に二つの影が現れる。それが何かを確認する暇もなく、男は鋭い刃で2筋の傷を体に刻まれていた。
もんどりをうって仰向けに倒れる。
次に男の視界に入ってきたのは、全身ローブのAA2人。
「てっ、てめぇら・・・」
腰の護身用拳銃に手を伸ばそうとするが、腕、否、顔意外は石膏で固められたかのように動かない。
「悪足掻きは止めろ。痺れ薬だ。」
静かに、全身黒ローブのAAが言う。
「ふっ、せこい事しやがって・・・殺るなら頭ぶち抜いたらどうだ?」
思ったより多い出血に意識が朦朧としながらも、男が言う。
「お前に恨みはないが、これも仕事だ。死んでもらう。」
ローブの内側からサイレンサー付きの拳銃を取り出す黒ローブのAA。それを、白ローブのAAが押える。
「おいおい、またいいとこだけ持ってく気か?たまには俺にも殺らせてくれよ・・・」
「・・・勝手にしろ。」
拳銃をしまい、不機嫌そうに後ろを向く黒ローブのAA。
「おい、殺るなら早く殺れ・・・いつまで痺れさせておく気だ。」
今生との別れを悟ったのか、男が言い放つ。
「じゃあ望みどおりにしてやるよ。」
そう言うと、白ローブAAは男の首に静かに足を乗せた。殺し屋とは思えぬ、女のような、細く、華奢な足が、露になる。
それと対照的に、靴底のざらっとした感触が男の神経を伝わる。
「最期に見る物が女の足とは、幸せな死に際かも知れんな、ハハッ・・・」
その言葉の直後、ゴキャッと言う鈍い音と共に、男は事切れた。
「ふっ、変態オヤジめ・・・」
だらしなく横を向いている男の顔を軽く蹴り飛ばしながら、白ローブのAAが言う。
「終わったのか?」
「ああ、首の骨を踏み折ってやったよ。」
「本当に殺ったんだろうな?」
「俺が仕事で失敗した事あったか?」
「質問に質問で返すな。会話が成り立たん。」
「はいはい、分かったよ・・・ちゃんと殺ったって。」
「・・・ならいい。行くぞ。長居はしたくない・・・」
直後、凄まじい跳躍力で黒ローブのAAは月夜に吸い込まれていった。
「あの世で楽しくやるんだな。」
白ローブのAAも負けず劣らずの跳躍力で、後を追っていった。

早朝、軍地方司令部に重要証人死亡の報が届けられる。
「何てことだ・・・これで12人目か。」
落胆する青色の軍人AA。
「フーン大尉、これ以上の犠牲は・・・」
言ったのは、頬に傷のある桃色の軍人AA。どうやら、女性のようだ。
「出せぬ、な。何としても奴等を葬らねばならん・・・」
フーン大尉と呼ばれた背高の男が、顔色1つ変えずに、しかし強い意志を秘めて言う。
「あまり気張らないほうがいいですよ、フーン大尉。あなたの悪い癖だ。」
どこからともなくやってきたのは、やや背高なのを除いて、落胆した青色のAAに酷似した1人のAA。顔に湛えた微笑はその自信の現れだろうか。
それに気付いたフーンがその男に軽く礼をする。
「おお、これはタカラ中将・・・」
「お久しぶりですね。ギコル少尉も、シィナ少尉もお元気そうで。」
「はっ、変わらずやっております。」
「同じく。」
「おや?ネーノス大尉とアヒャック大尉の姿が見えませんが・・・」
「両大尉は只今巡回に出ておられますが・・・」
「へぇ、彼らが自ら・・・もう私の指揮下に入っていた頃とは違うようですね。」
懐かしむような顔をするタカラ。
「ところでタカラ中将、今日は何のご用件で?」
シィナがそう問うと、タカラの顔からすっと笑みが消えた。
「愈々本部が動くそうです。13人目の標的を囮にして、標的を討ち取ります。決行は1週間後、今日は本部の令でそれを伝えに来ました。『君たちにも参加して欲しい。部隊数は任せるが、尉官以上にせよ。』との事です。ネーノス、アヒャック両大尉にも伝えておいてください。」
「了解致しました。ご足労、痛み入ります。」
3人が軽く頭を下げる。
「では、私はこれで・・・」
「もうお帰りですか、タカラ中将?」
真っ先に言ったのはギコル。
「ええ、他の地方司令部にも同じ事を伝えなければなりませんから。」
「ご多忙ですね、中将も・・・」
「元帥閣下に比べればそうでもありませんよ。私の倍はくだらないでしょうねぇ、多分。」
「元帥閣下にも、変わりありませんとお伝えください。」
「ええ、分かりました。それでは・・・」
ニッコリと微笑むと、タカラは去っていった。
それと入れ違いになるように戻って来たのは、ネーノスとアヒャック。
「表でタカラのおっさんと会ったけどよ、何しに来てたんだ?」
「ネーノス!タカラ中将に失礼であろう!」
「まぁそうお堅い事言うなって、フーン。本人いないんだからいいじゃねえか、そのくらい。なぁ、アヒャック・・・」
アヒャックの返事はない。窓辺に腰掛け、ぼんやりと空を眺めている。
「おーい、聞いてんのかー?」
ネーノスの再度の呼びかけに漸く顔をこちらに向けたアヒャック。
「・・・ごめん、ちょっと考え事してた。」
「ったく、お前は考え事してないときなんてないんじゃネーノ?巡回の時も上の空っぽかったし・・・」
「そうでもないけど・・・今日の夜をどう過ごそうかと思ってね。」
「朝から今日の夜の事を考えているとはな・・・任務に支障が出なければ良いが。」
フーンは日頃同僚の悪口を言うということはあまりないが、アヒャックに対しては辛辣な言葉を投げかけることも少なくなかった。まるで、憎んででもいるかのように。
「んで、タカラ中将は何を伝えに来たんだ?」
ネーノスの問いにフーンは不快そうな顔をしながらも、タカラの言葉を要約して説明してやった。
「なるほどねぇ・・・で、誰が行くんだ?」
「相当大規模な作戦のようだな・・・下士官だけでもここは何とかなろう。我ら全員参加すべきだと私は思うが・・・」
「よし、じゃあ5人で決まりだな。」
「フーン大尉、マルミック准将は・・・」
ギコルがフーンに問う。
「止せよ、あの爺さんはもう引退しただろうが。今更引っ張り出すのも迷惑だろうよ。」
「ネーノス・・・」
「ああ、ごめん、俺が悪かった。ごめん。」
怒りが篭ったフーンの言葉に、慌ててネーノスが上面だけの謝罪をする。
「マルミック准将には参加していただきたいところだが、今回は我等5人のみで行う事とする。1週間後、本部へ向かう。各自準備を怠らぬように。何か質問は?」
「大尉、弟の・・・ディラン准尉を作戦に参加させてやれませんでしょうか?」
言ったのはシィナ。ディランはシィナの弟であり、第3師団所属の新人だった。
「それは無理だ。第3師団は私の管轄ではないからな。」
「・・・蛇足でした。すみません、大尉・・・」
「・・・あまり時間がないが、一応マニーに取り合ってみよう。お前の気持ち、分からんではないからな。」
そこで透かさず突っ込みを入れたのはネーノス・・・ではなく意外にもアヒャックだった。
「へぇ、意外だなぁ・・・フーン大尉は女性にはお優しいのだな。」
「ふっ・・・私は貴様のように戦場でも女子供を躊躇いもなく殺せるような冷酷な人間にはなれんのでな。」
「戦場での情けは命を落とす原因になりかねないよ、大尉。」
「貴様に言われるまでもない。余計なお世話だ。」
「それはそれは。まぁ弟さんのようにはならないで下さいよ。」
刹那、アヒャックはフーンに首を掴まれ壁に押し付けられていた。
その動きを、捉えられる者は誰もいない。
(は、疾い・・・)
「止せ、フーン!」
「お止めください、大尉!」
ネーノスとギコルが慌てて2人を引き離す。
フーンは1つ息をつくと、アヒャックに言った。
「私への悪言なら未だしも、親族へのそれを許せるほど私は寛容ではないぞ。貴様を殺すのは骨が折れるだろうが、不可能な事ではない・・・以後気を付けることだな。」
言い方こそ柔らかかったものの、その言葉と漆黒の瞳は怒りの色に染まっていた。
「いや、すまなかったね。僕はあなたの触れてはならないところに触れてしまった様だ。以後気を付けるとするよ。」
身だしなみを整えながら、アヒャックが言う。
フーンの返事は無かった。
「さ、仕事に戻ろうぜ。」
緊張感のないネーノスの言い方に呆れつつも、ギコルたちはそれぞれの仕事に戻った。

薄暗い大広間を、静寂が支配していた。
円卓には3人の男と、1人の女―毛むくじゃらの兎くらいの生き物を抱えた―が腰掛けている。
「さて、始めようか。まずナイトウ。彼らを雇ったのは正解だったようだね。」
上座に座る男が言う。どうやら、この中では1番地位が上のようだ。
それに対して、ナイトウと呼ばれた向かいに座る背高の男が、軽く頭を下げる。
「ありがたきお言葉だお。2人とも想像以上の働きだったお。」
「君らか?今回の証人を始末してくれたのは。」
ボスらしき男が、視線をナイトウの後ろに移す。そこには、あの白ローブと黒ローブの二人組が立っていた。
「そう言えば君達にはまだ紹介してなかったお、闇夜団(ブラックナイツ)の総帥、ヤマザキさんだお。左にいるのがアラマキ第2旅団長とレモナ第1大隊長、右にいるのがナガオカ第3旅団長だお。」
「宜しく、お二人さん。」
「モルスァ」
「宜しく。」
「ヨロ〜w」
紹介された順に、各々が挨拶をする。
「すまないね。本当はナイトウから君らを雇う事にしたと言う事を聞いた時に会いたかったんだが・・・何分多忙でね。顔を、見せてくれないか。」
2人がローブを取る。そこで初めて、2人の素顔が明らかになった。
黒ローブのAAは、顔と手―皮膚の露出している部分―が豊かな茶色の毛で覆われていた。恐らくは、その全身も同じように毛で覆われているのだろう。
灰色のジャケットと同色の厚手の長ズボンを着込み、右腰には大型のリボルバー―44マグナムであろうか―と大振りのナイフが、左腰にはホルスターからサイレンサーを覗かせた大型のオートマチックの拳銃が下がっている。
白ローブのAAは、黒ローブのAAよりもその場の者の注目を集めた。全身は鮮やかな赤に染められ、頬には刻み込まれたような美麗なアスタリスクがあり、軽鎧のような胸当てと、膝まで切れ目の入った薄い長ズボンを着込んでいる。腰にはサイレンサーの付いた中型のオートマチックの拳銃が下がり、左大腿部には、黒ローブのAAの物よりもいくらか小さめのナイフが2本、鞘に収まって巻きつけられていた。
「名前は?」
「フッサールだ。」
黒ローブのAAがぶっきらぼうに言う。それに続くように、白ローブのAAも名乗った。
「ツーク。」
「へぇ、2人組だとは聞いていたけど、まさか1人は女の子だったとはねぇ・・・」
「殺しに男も女もねぇ。」
すぐにツークが言い返す。
「これは気の強いお嬢さんだ。僕はそう言うの、大好きだけどね。」
ツークの言葉に動じる事も無く、ヤマザキが言った。
「お嬢さんだぁ?てめぇ、闇夜団だか何だか知らねえが、あんまりなめてっと・・・」
それ以降ツークの言葉が発される事は無かった。ナイトウが、すぐ後ろにいるツークの首に短刀を押し当てていたからだ。
「総帥に対してその言葉遣いはアウトだお。以後気を付けないと、君の首が飛ぶお。」
引きつった顔で首もとの短刀を見つめるツーク。その顔は、もう少しで命を失うところだった恐怖と、殺し屋としてのプライドを引き裂かれた怒りを映し出していた。
次に発せられたツークの言葉は、先ほどの勢いを明らかに失っていた。
「わ、悪かったよ・・・」
フッサールは、動ずる事無くその様子を見ている。
「分かればいいお。」
ナイトウが、ゆっくりと短刀を下ろす。
「まぁ少々手荒だったが、ナイトウの言いたい事は分かったかい?別に僕は気にしてないけどね。」
ヤマザキは、相変わらず顔に微笑みを湛えている。
そう言えば、この男は先程から一度も表情を変えていない。ここまでポーカーフェイス(と言うのだろうか)だと、流石に不気味な物がある。
「話を続けようか。アラマキ、君の配下の暗殺団(アサシンズ)はどうなっている?」
レモナに抱えられているアラマキが、理解出来ない言葉をゴニョゴニョと発する。
「『至って順調、今後も育成を続けていく』と仰せです。」
「有難う。いやぁ、君がいると助かるよ。アラマキの言葉を理解出来るのは、今は君だけだからね。」
「有難きお言葉・・・」
「今後も宜しく頼むよ。さて、最後はナガオカ、君だな。君には武装関連を任せておいたはずだが、どうなっている?」
「んーとね、言われてた装備は全部手に入った。それでも予算はちょっと余ったよ?」
「そうか、あれでも少なめに出した積りだったんだけどな。全く、君の商才には脱帽するよ。」
「これからも任せてちょんまげww」
「そうするとしよう。君のお好みの娘(こ)は足りてるかい?」
「もうウハウハw生きの良いのばっかりww」
「それは良かった。それじゃあ、これにて解散。」
4人が一斉に立ち上がり、大広間を出て行く。
「取り敢えず君たちの部屋に案内するお。これ以降は僕の配下として働いてもらうお。」
「おう。」
「ああ。」
再び静寂が、大広間を支配した。

「ここが君たちの部屋だお。そう言えば聞き忘れてたけど、一部屋でいいんだよね?」
「構わない。」
「良かったお。何か用があるときは部屋の中にジエンがいるから、それに言うんだお。」
「ジエン?」
「まあやってみれば分かるお。それじゃ。」
それだけ言って、ナイトウは去っていってしまった。
「やっと一息つけるな。」
フッサールが、上着を脱いでベッドに座る。
「なかなか良い所じゃねえか。サービス精神は良いみたいだな。」
「もうその言葉遣いは止めたらどうだ。ここには俺しかいないぞ。」
やや困ったような顔をするツーク。
「俺はこっちの方が好きなんだけどな・・・」
「お前に男言葉は似合わん。俺といる時くらい女らしくしてろ。」
「・・・分かったよ。」
「それでいい。」
部屋に沈黙が流れる。
それを破ったのは、棚の上に置物のように佇んでいた1匹のジエンであった。
「新入りさん、何かご用は?」
2人が同時にジエンに注目する。
「驚いたな、あまりじっとしているものだから、置物かと思ったよ。」
フッサールがそう言うと、ジエンは頬を紅潮させて俯いた。
「どうした?」
「いや、そんな風に声かけてもらうの、初めてだから・・・」
「可愛い・・・」
ツークが呟く。
「可愛いだなんてそんな・・・」
ジエンは更に顔を紅くして、とても嬉しそうだ。
「早速なんだがジエン、1つ頼み事をしてもいいか?」
はっと顔を上げるジエン。
「はい、何なりと!」
フッサールはペンと紙を取り出し、何かさらさらと書くと、ジエンに渡した。
「これを持ってきてくれるように頼んでくれないか。」
ジエンはその内容をまじまじと読むと、こんな事を言った。
「分かりました。それじゃあ、僕を壁の穴に入れてください。」
「壁の穴?」
ジエンの言葉のままに部屋を見渡してみると、普通の部屋には有り得ない鉄の蓋が三つ、壁に取り付けられていた。
そのうちの1つを開けてみると、奈落の闇の中から仄かに黴臭い風が吹いてくる。
「その3つの穴は其々総帥の部屋、旅団長の部屋、備蓄庫に繋がっています。ジエン専用の連絡通路なんですよ。」
「なるほどな・・・」
「備蓄庫への直通路は1番右の穴です。そこへ僕を・・・」
「分かった。」
フッサールがジエンを手にとり、壁の穴に滑り込ませる。
途端にジエンは穴に吸い込まれる様に闇の中に消え、部屋には静寂が流れた。
十数分後、ジエンは十数匹の仲間と共に十数個の小さな箱を、頭の上で上手くバランスを取りながら戻って来た。
「お待たせ致しました。44マグナム弾4ダース、9oパラベラム弾150発、45コルト弾150発、確かにお持ちいたしました。」
「ご苦労だったな。」
フッサールが、ジエン達の持ってきた箱を受け取る。
「他にも御用がございましたら、何なりとお申し付けください。」
「有難うね。」
2匹のジエンはペコリと御辞儀をして去っていき、もう1人のジエンは棚に飛び乗ってまた置物のようにじっとしていた。
フッサールは「45COLT」と書かれた箱を手に取ると、中から単5電池程の弾丸を取り出し、腰のベルトに付けてあるマガジンに詰め始めた。ツークは、その様子を虚ろな目で見つめている。
「お前はやらなくて良いのか?」
「ねぇ、フサ・・・」
「何だ?」
「私たち、人を殺してて良いのかな・・・」
フッサールの手が止まる。
「つー・・・」
「分かってる。そうしなきゃ生きていけないことくらい。でも・・・」
「フーの事か?」
「あの子を育てるには、私たちはもう汚れすぎてる・・・」
「だからづーに預けたんだろ?幾ら汚れていようとも、俺達はあの子の親だ。育てなければならない。真っ直ぐに・・・その為にも、俺達は金を稼がなければならん。理想だけでやっていけるほど、現実は甘くないって事だ・・・生きて行く為、生きて行く為に人を殺す。それでしか生きて行けないのなら、俺達に選択肢は無い。そうだろう?」
「・・・」
フッサールは鼻でため息をつくと、マガジンを机に置いた。
服を脱ぐ。フッサールの豊かな毛と、厚い胸板が露になった。
「もう止めにしよう。殺しの意味など考えるな。」
フッサールがベッドに横たわる。
「来い。俺の全身で受け止めてやる。」
ツークが胸当てを外す。
まるで殺し屋とは思えぬ、丸い肩と体が露になる。
「偶には良いだろう?こういうのも・・・」
「ええ、そうね・・・」
2人の影が、肉体が重なり合う。
その様子を見ていたのは、棚の上のジエン只1人であった。

12人目の標的死亡より1週間後の早朝、第4師団一同は政府軍本部に集結した。
地面は天からの贈り物―雪で満たされている。
「第4師団、フーン大尉、アヒャック大尉、ネーノス大尉以下2名、本部の令により参りました!」
フーンが歯切れのいい声を上げる。
中から出てきたのは、やや血色の悪い顔をしたタカラ。
しかし、その声はいつも通り物腰穏やかであった。
「よく来てくれましたね。他の師団の皆さんはまだ到着していません。作戦参加部隊が全員揃ってから、元帥が軍議を開くそうです。それまでは、詰所かロビーで待機していてください。くれぐれも、準備を怠る事の無い様に。」
「はっ!」
全員が勢い良く敬礼をする。
タカラはそれを見て1つ頷くと、すぐに中に入ってしまった。
「あー、寒い!早く中に入ろうぜ。」
真っ先に中に入ったのはネーノス。
「僕も入らせてもらうよ。」
次はアヒャックだ。
「まったく、緊張感のない奴らだ・・・」
その後にフーンが続く。
「俺達も入ろう。」
「ええ。」
本部前は、また静かに雪が降り積もりだした。

「ツーペアです。」
「ストレート。」
「くっそ〜、またブタかよ・・・」
ネーノスがカードを投げ捨てる。
「フフッ、君ってそんなにポーカー弱かったっけ?」
「昔っから賭博は好きなんだけどなぁ・・・弱えんだよ。」
ネーノスがそばに積んであった硬貨を、アヒャックに差し出す。
それを横目でちらちらと見ながら、愛用のリボルバーを手入れするフーン。
「貴様ら、暢気にポーカーなどやっている場合か?」
「おめぇは堅すぎなんだよ。たまには息抜きしねぇと、ぶっ倒れちまうぜ?」
「ふん、その程度で倒れるくらいなら軍になど入ってはいない。貴様らこそ、自分の身は自分で守れよ。」
「わーってるよ!間違ってもおめぇにだけは助けは求めねぇ。」
「貴様に求められても助けなどせんがな。」
「相変わらず腹の立つ野郎だぜ・・・」
「何とでも言え。」
そのとき、外から威勢のいい到着報告の声がした。
吹雪いてきた所為か、なんと言っているのかはよく分からない。
「お、ご到着のようだな。」
ネーノスが立ち上がり、それに連れられギコルとアヒャックも立ち上がる。
「何処の師団でしょう?」
「この時間から考えると・・・第3師団じゃネーノ?」
「第3師団・・・」
部屋の隅で武器の手入れをしていたシィナが呟く。
それを感じ取ったのか、ギコルがシィナに歩み寄る。
「ディラン、参加できてるといいな。」
「えぇ・・・」
程なくして、第3師団一行―と言っても、僅か2名であったが―が部屋に入ってきた。
「おっ、マニーじゃねえか。久しぶりだな。」
「おお、ネーノスか。何年ぶりだろうな。」
「そういやお前結婚したんだってな。」
「ああ、まあな。なあに、少しばかり金で釣っただけよ。」
「お前まだ女を金と物で釣ってんのか?そういう事してると、天国に行けねえぜ?」
ネーノスがそう言うと、マニーと呼ばれたその男はちょっと面食らったような顔をしたが、すぐにからからと笑ってこう言った。
「ハハハッ、地獄の沙汰も金次第。望むところだよ。」
「あちゃー、それお前の口癖だったわな。迂闊だったわ・・・」
「相変わらずだな、お前も・・・」
マニーが、深くかぶっていたニット帽を脱ぐ。
その男は、耳が非常に特徴的であった。
まるでその性格を反映しているかの如く、耳は「円」、側頭部は「\」を模っている。
「あれ、第3師団はお前1人か?」
「私もです、ネーノス大尉・・・」
マニーの影に佇んでいたその人物こそ、シィナの実弟、ディランであった。
「おお、お前も来てたのか。」
「ディラン!」
「姉さん!」
シィナがディランに駆け寄り、手を伸ばしかけたが、躊躇うように引っ込めてしまった。
「・・・姉さん?」
シィナはやや俯き、考え事をしているような表情をしている。
「姉さ・・・」
「私はアスキー国政府軍第4師団所属、シィナ・ラズレクト少尉です。貴方は?」
ディランの言葉を遮って放たれたそれは、その場にいる者を愕然とさせた。
実の姉弟同士であるのに、何故堅苦しい自己紹介をする必要があるのか?
『よく来てくれた』と激励の言葉の1つもかけてやるのが普通ではないのか?
当人ディランは、最初は怪訝な顔をしていたが、何を思ったかさっと1つ敬礼をし、先程とは明らかに違う張りのある声で、シィナの質問に答え始めた。
「はっ!私はアスキー国政府軍第4師団所属、ディラン・ラズレクト准尉であります!」
「准尉、今回の任務は貴方にとっては名を上げる大きなチャンスです。ですが、其相応の危険が伴います。気を引き締めてかかりなさい。」
「はっ、肝に銘じております!」
「宜しい。では、私はこれで。」
シィナはそう言うと、他の面々には見向きもせず、詰所を出て行ってしまった。
「なーんかやけに冷たかったな、シィナのやつ。弟が来たってのに・・・」
「全く、お前はどこまでも鈍感なやつだな。」
呆れたように、フーンが言う。
「あん?どこがだよ?」
「弟だからそうしたんだよ。本当は抱きしめてやりたかっただろうなぁ、シィナは。」
「ま、マニー大尉、止して下さい・・・僕も姉も、もう大人なんですから・・・」
頬を紅潮させて、か細い声で言うディラン。
「公私混同はあいつの最も嫌うところだ。シィナはそれを忠実に守っているんだよ。自分の感情を押し殺してでも、な。」
「まあ、実の弟を目の前にして冷徹になり続けられるほど、自分を捨て切れてはいないみたいだけどね。」
「そうなのか、ディラン?」
「・・・昔から、ああいう姉でした。あれが姉なりの、僕に対する愛情なんだと思います・・・」
「なるほどねぇ・・・律儀なやつだわ。」
「お前とは大違いだな。」
「うるへぇ!」

その後、第2師団のモナード少佐、第5師団のノース大尉らが終結し、詰所での会話は更に弾んだ。
「お、のーちゃんじゃん!久しぶり〜。」
「あ、ネーノス大尉。お久しぶりです。皆さんも・・・」
「君は相変わらず腰が低いなぁ。ずっとその調子?」
「ええ、まあ・・・」
「あんまり腰低くしてっと、色んな奴になめられるぜ?」
「ハハッ、それは無いんじゃない?それがノースの良いところだからさ。お前みたいなやつの部下が、1番幸せだと思うよ、俺は。」
すぐにノースが顔の前で手を振る。
「いえいえ、そんなことは・・・私は、実力は皆さんに遠く及びませんし、欠点もたくさんあります。政府軍の中でも精鋭である皆さん方の部下のほうが・・・」
ネーノスが一歩前に出て、ノースの言葉を遮った。
「いやいやいや、のーちゃん。それは違う。例えばこの男を例に考えてみろ。」
ノースの視線が一旦フーンに移り、またネーノスに戻った。
「フーンなんか欠点だらけだぞ?人付き合いは悪いわ、口は悪いわ、大酒飲むわ、煙草吸うわ・・・」
ガチッと言う音と共に、何か冷たい筒状のものが、ネーノスの後頭部に突きつけられた。
こうでもしなければ、ネーノスはあとから止め処なく湧き出てくるフーンの悪口を言い続けていたことであろう。
「ふ、フーン大尉?ご冗談は・・・」
「冗談ではない。今にもこいつの頭を飛ばしてやろうかと考えているところだ。」
これがもし、ネーノスとフーンの立場が逆であったら―尤も、ネーノスは高々同僚に悪口を言われた位で、銃を突きつけるような性格ではなかったが―、その言葉も軽い冗談で流されたことだろう。しかし、フーンは普段は滅多に冗談など言わぬ男。ましてや、撃鉄まで起こしているのだ。その場が凍りついたのも無理は無い。
当人ネーノスは、暫く指折り数える姿勢のまま時が止まったかのように動かなかったが、やがてゆっくりと両手を挙げて言った。
「ごめん、言い過ぎた・・・」
チャキッと言う、撃鉄が戻る小気味の良い音と共に、フーンの銃がゆっくりと下ろされた。
フーンも口では『冗談ではない』と言っていたものの、流石にネーノスの頭を飛ばすことなど微塵も考えてはいないようだった。
これも、彼なりの任務前の緊張のほぐし方なのかも知れない。
一同の安堵の嘆息がその場に流れる。
「良かったぁ、フーン大尉、もしや本気なのかと・・・」
「ふん、任務前に頭数が減ったのではタカラ中将に申し訳が立たんのでな。」
「お前も気をつけたほうがいいぞ?フーンならいつか本当にやりかねないからな。」
「だそうですよ?」
「何なら今でも良いんだぞ?」
「遠慮しておきます・・・」
ノースが、クスリと笑みをこぼす。
「フフッ、何だか楽しいですね。」
「個性的なやつらばかりだからな。」
マニーもからからと独特の笑い声を上げた。
それにつられ、一同も笑い声を上げる。
しかし、それは「バンッ」と言う机を叩く音で、一瞬にして止んでしまった。
一同の顔が、見る見るうちに嫌悪に染まる。
一同の視線の先にあったもの、それは第2師団のモナードであった。
モナードは一同の視線を受けさっと立ち上がると、まるで下士官にでも言うように言い放った。
「五月蝿いモナ!ったく、任務前にペチャクチャペチャクチャと暢気な奴らモナ。人間性を疑うモナ。」
ネーノスの顔が瞬時険しくなり、モナードに突っかかって行こうとしたが、フーンがそれを抑えた。
次に言葉を発したのは、争い事は1番苦手であろうノースだった。
「申し訳ありません、少佐。でも私たちは悪気があったわけでは・・・」
「言い訳は聞きたくないモナ。このことは、一応タカラ中将に報告しておくモナ。」
「おう、勝手にしやがれ!誰もてめぇの言うことなんざに耳を貸しはしねぇがな!」
モナードの顔が見る見るうちに赤くなり、今にも手を上げそうなほどだったが、そのままさっと身を翻すと、詰所を出て行ってしまった。
「くそ!あのオカマ野郎、マジむかつくぜ!」
「落ち着いてください、大尉。少佐だって何かしらの理由が・・・」
「理由も糞もあるか!あいつは前からそうだったよ。お前は何でもいい方向に考えすぎなんだよ!」
ネーノスの余りの剣幕に、ノースが竦み上がる。
「いいから落ち着け!ノースに当たってどうする!」
フーンのその言葉と、今にも泣きそうなノースの顔を見てはっと我に返るネーノス。
「あっ、えーと、その・・・ごめん、のーちゃん・・・」
「いえ、お気になさらず・・・」
「お前はいつでも直情的すぎだ。少しは気をつけろ。」
フーンの言葉にいきり立つネーノス。
「お前は悔しくねぇのかよ?実力もねえくせに、階級にふんぞり返ってあんなこと言ってんだぜ?」
「まあそうカリカリするな。もうちょっと大人の対応をしてみたらどうだ?」
子供を諭すようなマニーのその物言いに、ちょっとムッとした表情をしたネーノスだったが、すぐにこう聞き返した。
「大人の対応?」
「あんなやつに構ってたって、いい事ないぜ?適当にあしらって、あとは無視しとけよ。」
「・・・」
ネーノスは押し黙っている。
「お前の気持ちは分からんではない。だが会う度に喧嘩をしていたのでは、階級上不利なのはこちらだ。悔しいかも知れないが、ここは抑えろ。」
「・・・そうだな。分かった。以後喧嘩は控える。」
その言葉を聞いて安心したのか、マニーがにんまりと笑みを浮かべる。
「うん、それでいい。まあいつか佐官になって見返してやれよ。あの程度の器量じゃあれ以上昇格することはないだろうし。」
「ああ、そうするとするよ。」
「しかし、あのモナードがマルミック准将の息子とはねぇ・・・」
「鷹から鳶が生まれてしまった訳か・・・遣る瀬無いだろうな、准将は。」
何も無ければ、延々と続いたであろう彼らの雑談を遮ったのは、「コンコン」と言うノックの音だった。
次いで、ドアが鈍い軋み音をたてて開く。
「やあ、諸君。面子は揃ってるか?」
「ドゥ中将!お久しぶりです。」
一同がさっと頭を下げる。
ドゥ中将と呼ばれたその人物は、2メートルを優に超える身長を持った鳥型AAであった。
その巨大な体躯は狭いドアに納まりきらず、やや身を屈めるようにして頭を部屋の中に突き出している。
「おお、見慣れた顔ばかりだな。元気にやってたか?」
「はっ、変わりありません。」
「うむ。これから元帥が軍議を開くそうだ。すぐに小会議室に来てくれ。」
「はっ!」
一足先に首を引っ込めたドゥの後に続き、一同は詰所を出た。

小会議室の入り口前に集合した一同。ドゥが、コンコンとドアを叩く。
「元帥殿、参加部隊を連れてまいりました。」
すると、中からは予想通りのこんな返事が返ってきた。
「待ってた、入って。」
ドゥがドアを開け、一礼してから中に入る。一同もそれに続いた。
円卓にはモナード、シィナ、タカラが腰掛け、脇にはやや小柄な若い男性が、腕組みをして立っている。
このAAこそ、アスキー国政府軍を総統括する元帥、モラーグである。
「よっ。皆久しぶりだな。元気にしてたか?」
あまりに唐突な(気の抜けた)質問に、一同は拍子抜けして答えることが出来なかった。
「あらぁ、シケてんなぁ・・・まぁいいや。座って。」
一同が、ばらばらと席に着く。
「ほい、じゃあ軍議を始めますよ、と。まず、コイツ。」
モラーグが、ホワイトボードに貼り付けられた若い男性AAの写真を、コンコンと叩いた。
「コイツには悪いけど、今回の作戦では囮になってもらう。まず最初に大通りを歩いてもらって、ベストタイミングで狭い路地に入ってもらう。ここが目標地点な。やつらは少数でそれを狙ってくるだろうから、コイツを保護して、残りの闇夜団にも出てきてもらう。そしたら、あとは全滅させるだけだ。配置は手元の資料に書いてあるから宜しく〜。あ、因みにこれは最初の配置だから、後は個人の判断で動いてね。」
「元帥、一つ宜しいでしょうか?」
「何、フーン大尉?」
「敵の総兵力はどの程度なのでしょうか?」
「正直、詳しいことはよく分からん。でも、向こうは総力戦みたいだよ。どういう事情があるかは知らんけど、奴さん、今回はやたらと事を急いてるみたいだ。」
「ならば何故、参加部隊の条件を『尉官以上』と定められたのですか?向こうが総力戦ならば、こちらもそれなりの兵力が・・・」
「必要だってか?それがそうもいかんのよ。向こうは、素早く一瞬で標的の息の根を止める、いわば隠密だ。大兵力にしたところで、かえって足を引っ張ることになりかねない。少数でも、確実に幹部を打ち倒せる能力を持った君たちのほうがいい、って事だったよね、タカラ?」
「はい。蛇足ながら補足させていただきますと、闇夜団の幹部らはは何らかの方法で、兵卒たちを自分たちに従わせているようです。幹部だけを打ち倒せば、残りの兵卒は烏合の衆、倒すのにそれほど時間は掛からないでしょうし、蜘蛛の子を散らすように瓦解するのではないか、と私は考えています。」
「なるほど・・・中将と元帥の深慮遠謀、恐れ入ります。」
「あ、それから言い忘れてたけど、君たちの他に救護班と本陣守備隊が1班ずつつくからね。」
「それは心強い。ご配慮、有難うございます。」
「いえいえ。他に何か質問は?」
「宜しいでしょうか、元帥?」
立ち上がったのはシィナ。
「いいよ。何?」
「我が軍と、闇夜団が衝突すると予想されるのは市街地ですか?」
「まあ、そうだけど?」
「住民への被害はどれほど出るとお考えですか?」
「あー、その事なんだよね、うん。流石に事前に住民を避難させるとかいう大きな事は出来んかったけど、なるべく被害が少ないと思われる地域にしてあるよ。っていうか、コイツの住んでるところが元々そういうところで、怪しまれる可能性が少ないから、こんな作戦を立てたんだけどね。」
「有難うございます。」
「さて、じゃあそろそろ終わりにしようか。各自、気合入れてくように。」
「はっ!」
一同が次々に小会議室を出て行く中、席の脇に佇み、考え事をしているような表情をするAAが一人。ディランである。
それに気付いたモラーグが、気さくに声を掛けた。
「どうしたんだ?緊張してるのか?」
「はい・・・それと、何だか嫌な胸騒ぎがして・・・」
「そういやお前、大きな任務としてはこれが初めてだったな。そりゃあ緊張もするわ。俺も初陣のときはガクブルったぞ。これに関しては『リラックスしろ』としか言いようが無いな。頑張れよ、ディラン。」
「有難うございます、元帥・・・」
「いえいえ。」
そう言い残して、一度は出口に向かいかけたモラーグだったが、まるで忘れ物を思い出したかのように戻ってきた。
「あー、あと一つ。」
モラーグは息を一つつくと、いつもの気の抜けた暢気顔からは想像もつかない、真剣な険しい表情になった。
「死にたくないのなら、撃つのは躊躇うな。一瞬の躊躇が、死に繋がりかねない。そのことを、肝に銘じておけ。」
モラーグの圧倒的なオーラとでも言うべきものに気圧されたのか、ディランは余計緊張した様子で「はい」と言っただけだった。
ディランのその言葉を聞き遂げたモラーグの表情は、もういつもの暢気顔に戻っていた。
「よし、じゃあ行くか!」
「はい!」

薄暗い大広間。そこには数日前と同じように、闇夜団の幹部が勢ぞろいしていた。
フッサールとツークは、あの全身ローブを着て、ナイトウの後ろに静かに佇んでいる。
「じゃあ、これから軍議を始める。まず最初に言っておくが、今回の仕事には軍隊の介入があるようだ。」
周知の事実なのか、ざわめきは全く起こらない。
「それはどの程度ですかお?」
「いや、詳しいことは分からない。だが、ここに来て軍の介入があったと来ると、小規模なものではないだろうな。」
その場に沈黙が流れる。
それを破ったのはナガオカであった。
「だから今回急遽増兵したんでしょ、元帥?」
「その通りだ。何の能力も持たない普通のAAでも、アラマキの力さえあれば、屈強な訓練を受けた兵士と同様の力を持たせることが出来る・・・」
アラマキが理解できない言葉をゴニョゴニョと発し、レモナが耳を近づける。
「『まだ彼らの洗脳は完全ではない、私が直に戦場に赴いて洗脳を行ったほうが良いのではないか』と仰せですが・・・」
「已むを得まい。知っているとは思うが、アラマキが倒れると、洗脳を受けた兵士は全て無力化する。細心の注意を払ってくれ。くれぐれも、狙われることの無いように。」
「お任せください。アラマキ様は、私が命に代えてもお守りします。」
「頼もしいな。宜しく頼むよ。では、各々の任務を言い渡す。」
幹部らが、居住まいを正す。
「まず、アラマキ。君はレモナを伴い、兵士の洗脳を続けよ。」
「モルスァ」
「次に、ナイトウ、ナガオカ。君らはアラマキが洗脳した兵士を率い、敵軍の撃破に当たれ。」
「はっ。」「おk。」
「最後に、フッサール、ツーク。君らは今回の任務の要だ。2人組みで、標的の撃破を命ずる。」
2人は少し頭を下げただけで、何も言葉を発することは無かった。
「最後に言っておくが、この任務は闇夜団の進退にかかわっている。もし失敗でもすれば、他の『企業』に吸収される可能性もある。その事を、肝に銘じておいてくれ。」
一同が、頭を下げる。
「では、軍議を終える。すぐに出陣するぞ。」
一同が席を立ち、出口に向かう。
「フサ・・・」
「心配するな。この任務が終われば、暫くはこの世界から身を引ける。早く終わらせてしまおう。」
「・・・うん。」
誰にも聞かれないように話したつもりだったその会話を、ナイトウは聞き逃さなかった。

「こちらギコル、配置につきました。」「こちらシィナ、配置OKです。」「こちらネーノス、OKだ。」
矢継ぎ早に入ってくる「配置OK」の報に耳を傾けながら、静かに目を閉じているモラーグ。
タカラはその脇に佇み、心配そうにモラーグの顔をちらちらと見ている。
刹那、モラーグの目がかっと見開かれる。
「よし、今だな。囮を動かせ。」
すぐに、タカラが襟に仕込まれた無線で囮に指示を出す。
「数分で目標地点に到達するそうです。」
「そうか・・・」
暫しの沈黙が、場を支配する。
それを破ったのは、先程から落ち着き無くそわそわとしていたタカラだった。
「元帥、やはり私は・・・」
「ダメだ。お前はここにいろ。」
まるでタカラの心を読み透かしているかのように言うモラーグに、タカラは驚愕の表情を隠せない。
「参謀ってのは、大将の近くにいるもんだ。」
その独特の響きを持つ言葉に、タカラもそれ以上の言葉を発することが出来なかった。
雑音に混じって、囮が目標地点まであと数十メートルだということを伝える報が、本陣の広大な廃墟ビルにかすかに響き渡る。
決戦の秋(とき)は、すぐそこまで迫っていた。
【政府軍:残り幹部12人】

斥候として探索に出ていたナイトウが、疾風の如く本陣に駆け戻ってきたのは、ナイトウ以外の幹部に指示を出した十数分後であった。
「どうだ、何か分かったか?」
「まず配置についていると思われる敵方の将兵の数ですが、僕の探した限りは10人ほどでしたお。」
「10人?それだけか?」
「はい。敵方本陣にはそれ以上の兵がいると考えられますが、それほど大規模なものではないかと・・・」
「ふむ・・・分かった。お前はナガオカと共に兵を率いて出陣の準備をしておけ。そろそろあの2人を動かすぞ。」
「その2人についてなのですが・・・」
「何だ、何か問題でもあるのか?」
「では少し、お耳をば・・・」
「いいだろう。」
そう言うと、ナイトウは立ち上がって一礼し、ヤマザキの耳元で何か囁いた。
「なるほどな・・・もう対策は打ってあるのか?」
「はい、既に二人の無線には盗聴器が仕掛けてありますお。」
「そうか。その臭いがあるようであれば、消しても構わん。但し、早まるなよ。あの二人は、まだまだ利用価値がある。」
「肝に銘じておきますお。」
「よし、では配置につけ。」
ナイトウが一礼し、また疾風のように本陣を出て行った。
(奴ら、一体何を考えているのか・・・探りを入れてみるとするか・・・)
気付かぬ間に、脇にはあの2人組みが待機していた。
「準備は出来たか?」
2人が、こくりと頷く。
「よし、行け。」
そう言い終わらないうちに、2人の姿は消えていた。
【闇夜団:残り幹部7人】

美しい夕日に照らされる赤黒い路地。
一人の男が背を丸め、ゆっくりと歩いている。
「・・・今夜は冷えそうだな・・・」
誰に言うわけでもなく、震える声で男が呟く。
緊張と恐怖を紛らわすために銜えた煙草も、今は何の助けにもならない。
朱色の太陽をバックに、空に舞う2つの影。
刹那、男の前に2つの影が現れる。次に目に入ってきたのは、夕日を受け橙色に輝くナイフだった。殺られる。反射的に目を閉じた。
キィンと言う金属と金属がぶつかり合う音がして、何かに押されてしりもちをつく。恐る恐る目を開けると、そこには軍人と思われるAAが1人、全身ローブのAAが2人。軍人AAの方は、全身ローブのAAのナイフを逆手に持った2本のナイフで受けている。
「早く逃げろ!おめぇに死なれたら、この作戦の意味ががなくなっちまう!」
その声ではっと我を取り戻し、男は慌てて逃げ去っていった。
「ぬん!」
力任せに全身ローブのAA2人を押し返し、ナイフを構える軍人AA。
「随分と実力のあるやつが来てるみたいだな。」
「ああ、こりゃやり甲斐がありそうだな。」
「どうする?標的を追うか?」
「無理だな。こいつは抜けない・・・」
「しかし、それは任務の失敗ということになるのではないか?」
「まあ確かに・・・でも軍人の首級を2つ3つ上げりゃあ、総帥殿も納得されっだろ。」
全身ローブのAA2人が交互に言う。
「何の事言ってやがる・・・?まあいい、てめぇら、俺と会ったからにはもう逃げらんねえぜ。」
「アハハッ、面白い事言うじゃん。どうする、フサ?コイツから殺っちまうか?」
「いや、一度引け・・・」
「何で?絶好のチャンスじゃん?」
黒ローブのAAの返事は無かった。
「チッ、慎重なのにも程がある・・・お前、命拾いしたな。」
それだけ言うと、全身ローブのAAは一瞬にして跳躍し、脇の建物の屋上から下を一瞥すると、さっと消えてしまった。
「ぬぁっ!?なんてジャンプ力だ!畜生、まんまと逃がしちまった訳か・・・」
そう言うと、軍人AAは襟元の無線機を乱暴に引き寄せ、本部と通信し始めた。
「こちらネーノス、どうぞ。」
『こちらモラーグ、どうした?』
「標的は無傷でそっちへ向かってるが、変な全身ローブの暗殺者は逃がしちまった。あいつら、絶対クスリ使ってるぜ。地面から隣の建物の屋上まで一気に飛びやがった。どうぞ。」
『クスリとは厄介だな・・・十分に警戒するように。そろそろ向こうの本隊が動き出すかもしれん。それに備えて他の部隊と合流せよ。どうぞ。』
「分かった。通信を終える。」
相手方の返事も聞かないままぶつりと通信を切ったネーノスは、他の部隊と合流すべく走り始めた。
【政府軍:残り幹部12人】

「標的は取り逃したか・・・これがどういう事か分かっているのか?」
「申し訳ありません、総帥。」
フッサールが静かに言う。
「ここで君たちを処分することも出来るが、それをするにはまだ早いようだ。君たちに新たな任務を言い渡す。」
「首級を挙げろ。それも兵卒ではなく、将校クラスのな。そうすれば、他の『企業』にも力を示せるだろう。分かったか?」
「御意・・・」
そう言ったきり、2人はまたもや姿を消していた。
(やはりナイトウの言う通り、やつらは信用すべきではないのかも知れぬな・・・)
その思考は、ナイトウからの無線通信で遮断された。
『こちらナイトウ、本陣聞こえますかお?』
「良好だ。どうぞ。」
『総帥、奴らの本陣が分かりましたお。ナガオカとレモナも一緒ですお。どうぞ。』
「そうか・・・ではすぐに攻撃に移れ。フッサールとツークも向かっている。アラマキとレモナは襲撃には参加させるな。安全な場所で洗脳を続けさせろ。どうぞ。」
『分かりましたお。通信を終えますお。』
「通信を終える。」
通信が、途絶えた。
(あとは運を天に任せるしかあるまい・・・)
夕日が、徐々に沈みかけていた。
【闇夜団:残り幹部7人】

「元帥、包囲されました!闇夜団が包囲しています!」
「まあそう慌てんな。パニクったらあっという間に死んじまうぞ?」
「元帥!お言葉ですが、もう少し危機感を・・・」
「危機感?」
モラーグのその言葉に、タカラは凍りついた。
モラーグの反抗的な言動には時々、誰でも、何の躊躇いもなく殺してしまうような、冷たい響きがあるのだ。
本人はそれを意識してはいないようなのだけれど、その言葉を聞いた者は、誰であろうと竦みあがるだろう。それほど、冷たく、暗く、恐ろしい響きだった。
「危機感ならこいつらが持ってるさ。」
モラーグが親指で指した先には、本陣の守備隊が立膝の姿勢で待機していた。
否、それよりもタカラが気になっていたのは、モラーグその人であった。
時折あんな恐ろしい気とでも言うべきものを発するのに、普段はどこにでもいそうな今時の若者のような振る舞いをする。
そのギャップが、タカラの中に訳の分からない恐怖心を掻きたてた。
「元帥、貴方は一体・・・」
いきなりモラーグが立ち上がり、タカラの肩に手を置く。
「タカラ、お前何か変だぞ?どうしたんだよ?」
その声は、まるで病気の子供を心配する母親のような、慈愛に満ちた声だった。
心の中の恐怖がさっと晴れ、今度は止め処ない安心感に、タカラは包み込まれた。
不思議な人だ、としか、タカラは考えることが出来なかった。
「いえ、何でも・・・少し寝不足かも知れません。」
「準備は随分と頑張ってたからな。無理すんな、って言いてえところだけど、この任務が終わるまでは休めねえぜ。」
「ご心配には及びません。」
「そっか。じゃあアイツに何か話しかけてやってくれないか。さっきからずっと怯えてて、まともに会話も出来ないみたいだ。お前のスマイルなら、アイツもきっと楽になるだろ。」
『タカラスマイル』、それはタカラが常に顔に湛えている微笑を指すものだった。初めて聞いたときには、『スマイルタカラ』で無くて良かった、などと思ったものだった。
場違いな懐古を振り払い、窓の近くを見ると、アイツ―今回の標的はそこで、着々と迫ってくる闇夜団に怯えながら震えていた。
無理もない、よく見ればまだ二十歳前後の、あどけなさの残る若者だ。
静かに歩み寄り、目線の高さまで屈む。
ゆっくりと顔を上げる標的。その頬には、幾筋もの涙の痕があった。顔は、恐怖と極度の緊張で固まったようになっている。
「心配しないでください。貴方はきっと、私たちが守ります。」
その言葉と笑顔が鍵であったかのように、ふっ、と標的の顔が緩み、これがこの男の本来の顔なのだろうか、いかにも争い事は嫌いそうな、柔和な表情になった。
「お願いします、タカラさん・・・」
「・・・はい。そうだ、これを持っていてください。」
タカラが男に手渡したのは、ベレッタM92DS―中型のオートマチック拳銃だった。
「もしものときは、これで自分の身を守ってください。安全装置を外せば、あとは引き金を引くだけで撃てます。」
安全装置を指で指してやると、男はそれをカチッ、カチッと軽くいじり、こくりと頷いた。
「いいですか、私から絶対に離れないでください。常に私の後ろにいてください。分かりましたね?」
今度は意志が強そうに、しっかりと頷いた。
闇夜団兵士の足音が、徐々に近くなってくる。
「さて、愈々来たみたいだな。全軍、構えよ!」
守備隊が一斉に物陰に隠れ、小銃を構える。
モラーグ、タカラも奥部に移動し、積み重ねてある机の後ろに隠れた。
静寂。物音一つしない。
刹那静寂が破られ、ドアが開き、鉛弾の嵐が吹き荒れた。
無数の銃声、跳弾の音、少ない住民の悲鳴。
ふと横を見れば、モラーグが敵の射撃の合間を縫ってデザートイーグル―大型の拳銃をぶっ放していた。
14インチのスーパーロングバレルを通り飛んでいく.50AE弾は、自動拳銃の弾丸としては最高の威力を持つもので、闇夜団の使う質の悪い防弾盾など突き破るのは容易いことだった。
しかし、モラーグは防弾盾など一切狙わず、敵が弾丸を再装填して、再び射撃しようと頭を出したその瞬間に、見事にその頭を撃ち抜いていた。
銃弾が飛び交う中でのその射撃テクニック、命中率、タイミング、どれをとっても最早人間業ではなかった。
すぐ隣でした銃声にびくりと身を震わせ、そちらを振り返ると、『標的』の男が先程渡した拳銃を構え、闇夜団相手に射撃戦を繰り広げている。
「何をやっているんですか!頭を下げて・・・」
そう言って庇おうと手を伸ばした瞬間、タカラの腕に神速の弾丸が突き抜けた。
「ぐっ・・・」
銃創からは真紅の血が溢れ出し、反対側にも綺麗に穴が開いている。弾丸は抜けたようだ。
「大丈夫ですか、タカラさん!ああ、僕の所為で・・・」
「私は大丈夫・・・怪我は・・・ありませんか?」
今にも泣きそうな顔で、首を振る男。
男に救護班を呼んでくれと頼む前に、モラーグが無線で救護班を呼んでいるのが見えた。
事の顛末は全て見ていたのであろう、こちらを見て「無理をするな」と言うように頭を横に振った。
タカラは弱々しく微笑んで首を縦に振り(このまま前線から退くつもりはさらさら無かったが)、改めて戦場を覗いてみた。
敵、味方共に相当の被害数が出ているようである。
モラーグの精密射撃もあってか、敵軍の方がやや旗色が悪いようで、突如銃声が止んだかと思うと、じりじりと退き始め、モラーグの銃声を最後にして、また本陣には静寂が戻った。
モラーグは暫く銃を構えてドアの辺りを睨みつけていたが、俄かに銃を下ろして腰のロングホルスターにしまうと、すぐにこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫か、タカラ?」
タカラは既に救護班の手当てを受け、止血も完了していた。
「はい。暫くは動かせそうにありませんが、骨にも当たらず、上手く抜けてくれたようです。」
「そうか・・・でもよ・・・」
今さっきまで戦場だった空間を見つめるモラーグ。
救護班が忙しく手当てに当たっているが、その状況はあまり良くないようだった。
十数分後、救護班長からの報告がモラーグに伝えられる。
「守備隊30人中、生存7人、重傷4人、軽傷12人、残りは・・・」
救護班長が俯き、首を振る。
「分かった、もういい。ここはもう使えない。移動するぞ。」
「元帥、殉職した者は・・・」
「残念だけどよ、今の時点では埋葬は出来ねえ。この戦いが終わった後だ。」
「・・・はい。」
モラーグが全軍に本陣移動の報を伝える中、自分を呼ぶ声にふいと後ろを振り返る。
あの『標的』の男だった。
「すみません、タカラさん。僕が出過ぎたことをした所為で・・・」
「私は何とか大丈夫ですから、そんなに気にしないで下さい。でも、もう二度とあんなことはしないで下さい。」
本当に反省している様子で、こくりと頷く男。また顔に、あの極度の緊張を受けたときの表情が浮かび始めていた。
タカラはふっと笑うと、男の手を握って、例の『タカラスマイル』を浮かべて言った。
「では、貴方を信じます。その代わり、私を信じてください。私は、何があろうとも貴方を守る。貴方は、何があろうとも私に守られてください。」
「・・・はい。」
モラーグが、それを見届けてから話しかける。
「行くぞ、タカラ。」
「はい!」
【政府軍:残り幹部12人】

話は十数分前に戻る。
丁度、町で1番大きなビルから銃撃の音がし始めた頃、数百メートル離れたところに住む2人のAA―デュースとフレディは、その銃撃がただ事ではないことを感じ始めていた。
「ヅーちゃん・・・怖いよ・・・」
フレディが怯えて擦り寄ってくる。フサフサの毛と、その奥にうっすらとあるアスタリスクは、親からの遺伝だろうか。
「大丈夫よ、フーちゃん・・・」
口ではそう言ったものの、デュースもだんだん不安になりつつあった。
逃げよう。何かあってからでは遅い。その思いを固めるのに、それほど時間は掛からなかった。
「ねぇフーちゃん。お出かけしに行こっか?」
先ほどの怯えなど無かったように、見る間にフレディの顔が輝き、満面の笑みが浮かぶ。
「お出かけ!?」
「でも、一つだけお約束。何があっても、ヅーちゃんから離れちゃダメだよ。迷子になっちゃうからね。」
「うん!」
「じゃあ、行こう!」
まさかこの行為が、戦況に大きな影響―否、勝敗を決することになるとは、デュースもフレディも、知る由もなかった。

外に出ると、逃げ惑う人々こそいたものの、その数はそれほど多くなかった。
「ねぇヅーちゃん、あの人たち、どこ行くの?怖い・・・」
「大丈夫だよ。どこ行くんだろうね?」
そんな会話をしたところで、突然銃声がして、肩に凄まじい激痛が走った。
がくっと膝が折れ、次いで上半身も冷たい地面に倒れる。
「ヅーちゃん!?ヅーちゃん!」
その声がパイプの中でそうしたように歪んでエコーし、それに伴って段々と意識が遠のく。
「フーちゃん・・・逃げ・・・て・・・」
それを言ったきり、デュースは目を閉じてしまった。
「ヅーちゃん!ヅーちゃん!」
いくら揺すってもデュースは目を覚まさない。
「どうしよう、死んじゃった・・・」
実はこの時、デュースは跳弾した弾丸を受けたショックで気絶しただけなのだったけど、幼いフレディには当然そんな事は分からない。
肩から血を流して、いくら揺すっても起きない、とあれば、そう考えるのは年相応と言えるだろう。
突然傍にいるのが怖くなって、フレディは大通りから狭い路地へ駆け込んだ。
寂しい、怖い、一人ぼっち・・・
そんなことを考えるうちに、フレディの目から涙が溢れ出してきた。
「う、うぇ〜ん・・・ぐすっ・・・」
兎に角、じっとしていると誰にも会えないような気がして、フレディは泣きながらフラフラと歩き始めた。
その一歩一歩は、確実に戦いの終わりを近づけていた。

一方こちらは、闇夜団の襲撃を受けながらも、フーン、アヒャックと合流したネーノス。
丁度本陣移動の報を聞き終わったところだ。
「本陣が襲撃か・・・こりゃあタカラのおっさんの言ってた『闇夜団の幹部が兵卒を自分たちに従わせている方法』ってのを探さないと辛そうだな。」
「そうだな・・・アヒャック、お前は先程の戦いで何か分かったことはないか?」
「珍しいな、お前がアヒャックに聞くなんて。」
ネーノスが茶化すと、フーンは苛々した様子で言い返した。
「お前も分からない。私も分からない。ならばこいつに聞くしかないだろう。」
当のアヒャックは顎に手を当て、何かを考えているような様子。
「うーん・・・あ。」
「どうした?」
「これはまだ、確証がないから憶測の段階なんだけど、もしかしたら『洗脳』してるのかも。」
「洗脳?」
「奴らの目、何だか虚ろで、半分寝てるみたいだった。こんなに大規模な作戦なのに、半寝で任務に当たってるとは考えにくい。ってことは、洗脳してる奴を倒せば・・・」
「なるほどな・・・それが確かであるとすれば、そいつを倒せば奴らの兵士は全て無効化するのだな?」
「僕の経験上、その可能性は高いと思うよ。」
「やってみようぜ?それで無効化できたら、後はどうにでもなるんだろうし。」
「よし、我らはここで一旦別れよう。奴らを洗脳していると思われる奴を見つけたら、即刻倒せ。そうしたら、後は全員で幹部を追い詰める。」
「分かった。幸運を祈ってるぜ。」
最初にネーノスが走り去っていった。
「それじゃあ、僕も・・・」
「アヒャック。」
フーンに呼び止められたアヒャックが、怪訝な顔で振り返る。
「何?」
「いや、何でもない・・・」
「そう・・・じゃ、Good luck.」
そう言って走り去るアヒャックの姿を、フーンは暫く見つめていたが、やがて軽くかぶりを振ると、細い路地の向こうへ走り去っていった。
【政府軍:残り幹部12人】

本陣襲撃の報を受け、動いたのはアヒャックらだけではなかった。
ノース―第5師団師団長の彼女も、幹部を打ち倒すべく、捜し歩いていたのである。
(そう簡単には見つからないか・・・)
そんなことを考えていたときに、ふいにザッ、ザッという足音が、数メートル先の曲がり角から聞こえてきた。
反射的にホルスターから銃を抜いて構え、きっとその空間を見つめるノース。
しかし、曲がり角から姿を現したのは、まだ4〜5歳の少年だった。
相当泣き腫らしてもう涙も声もかれたのか、しきりに目を擦りながら俯いて歩いている。
自分の行く先に、銃を構えたノースの姿を認めると、「ひあっ」という声を出して逃げようとしたが、腰が砕けたのか、尻餅をついて「やめて、やめてぇ・・・」と言うだけだった。
ノースは慌てて銃をしまうと、その少年の近くに歩み寄り、屈んでこう言った。
「どうしたの、僕?」
少年は答えない。銃器に対する、何か特別な恐怖でも持っているのだろうか。
「大丈夫だよ。私は君を殺したりはしないから。」
そう言ってホルスターの銃を抜き、後ろへ投げてやると、少年もやっと安心したようだった。
「お姉さん、誰?」
「私はノース。兵隊さんだよ。」
「兵隊さんかぁ・・・」
「そうだ。僕、名前は?」
「フレディ。フレディ・エーカー。皆からはフーちゃんって呼ばれてる。」
「フレディ・・・いい名前だね。フーちゃんは、何でここにいるの?」
そう聞くと、やっと穏やかになったフレディの顔が俄かに暗くなり、終いにはまた泣き出してしまった。
「どうしたの、フーちゃん?何があったの?」
するとフレディは泣きながら、こんなことを話し始めた。
「僕、お父ひゃんと、お母ひゃんが、お仕事で、いないから、ぐすっ・・・お母ひゃんの、お友達の、ヅーちゃんっていう人に、預けられてるんだ・・・」
「うん、それで?」
「今日は、ヅーちゃんと、お出かけしたんだけど、途中で、ヅーちゃんが・・・うっ、うわぁぁぁ!!」
余計激しく泣き出してしまったフレディに内心驚きつつも、ここで自分がイラつけば状況の悪化は明白である、と自分に言い聞かせ、なるたけやさしい口調で話しかけた。
「ほらほら、泣いてちゃ分からないよ?私に言ってごらん?」
フレディの泣き声は収まることはなかったが、泣き声の合間についにその理由を聞くことが出来た。
「うっ、ひくっ・・・ヅーちゃん、撃たれて死んじゃったぁぁぁぁ!!わぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんと言うことだ、親が仕事に出ていて会えず、しかもその間の保護者が射殺されたとあれば、そのショックは筆舌に尽くしがたい。幼い頃に両親を失っているノースにとって、その心の痛みは手に取るように分かった。銃器に対する過剰な恐怖も、それならば納得できる。
「フーちゃん・・・」
思わず抱きしめた。無意識の涙が、頬を伝う。
「辛かったろうね、寂しかったろうね・・・」
フレディも、震えたノースの声に驚いたのか、泣き止んでこちらを見つめてきた。
「泣かないで、お姉さん・・・」
そのエメラルドグリーンの瞳は、とても綺麗だった。澄んでいた。きっとこの目も、両親から引き継いだものなのだろう。
「ごめんね、フーちゃん・・・ここは危ないから、私と一緒に行こう。」
フレディの返事が返ってくる前に、後頭部に円筒状の金属―銃が突きつけられていた。
腰のホルスターに手を伸ばそうとして、先程後ろに投げてしまったことを思い出す。
しまった、いくら安心させるためとは言え、武器を手放してしまうとは・・・
「両手を挙げて、こちらを向け。妙な真似はするなよ。」
見る間に心臓が早鐘を打つように高鳴り、冷や汗が流れ出る。
どこかで聞いたことのあるようなその声に疑問を持ちつつも、両手を挙げ、後ろを向く。
そこにいたのは、自分の銃を構えた第2師団師団長のモナードであった。
「も、モナード少佐!?」
モナードはふっと鼻で笑うと、銃を下ろし、くるりと回すと、銃把をこちら側にして突き出してきた。
「余りにも隙だらけだったんでね、一芝居させてもらったモナ。これが敵だったらズドンで一巻の終わりモナよ。」
「申し訳ありません、少佐・・・」
モナードから銃を受け取り、腰のホルスターにしまうノース。
フレディはノースの足にしがみついて、モナードの顔を覗き込んでいる。モナードに見つめ返されると、ノースの後に隠れてしまった。
「そいつは?」
「この子はフレディ、ここで会ったんです。両親が共働きで、その親友に預けられていたらしいのですが、ついさっき撃たれて死亡したと・・・」
「どうする気モナ?」
「出来ることなら保護してあげたいのですが・・・ここに置いていくのは危険すぎます。」
「分かったモナ。本陣に連絡するモナ。」
モナードが無線で連絡を始めると、フレディが軍服を引っ張ってノースに話しかけた。
「あの人も、兵隊さん?」
「そうだよ。私より、ずっと偉いんだよ。」
「へぇ・・・」
「ノース、本陣の場所はガナー産業の廃ビルだそうだモナ。すぐに行くモナ。」
ノースが返事をする前に、上から声が降ってきた。
「ほう、それはいいことを聞いたお。」
声のするほうをはっと見上げると、声の主の姿は既にそこには無く、丁度ノースの後方2m辺りに着地したところだった。
2人が同時に銃を構え、フレディは慌ててノースの後に隠れた。
「誰、貴方?」
「『疾風のナイトウ』と言えば、分かるかお?」
「ノース、そいつは闇夜団の幹部の一人モナ。」
「ええ、分かっています。」
「その『疾風のナイトウ』が何の用モナ?」
ナイトウは微動だにしない。しかし、体からメラメラと戦いのオーラが出ていることは、モナードにも、ノースにも感じ取れた。
「単刀直入に言うとね、君たちの首が欲しいんだお。今回の獲物は残念ながら取り逃してしまったから、総帥が将校クラスの首級を望んでいるんだお。」
「成程、貴様らにも色々と事情があるようだな・・・」
モナードが不敵な笑みを浮かべる。語尾に「モナ」が付かないときのモナードは、本気のときだと言うことを、ノースは知っていた。
「でもそう簡単に私たちの首は・・・渡せない!」
ノースが引き金を、引いた。
否、引かれてはいなかった。
ノースが驚愕の表情で、眼前のナイトウを見つめる。
ナイトウはこの刹那とも言うべき時間で、ノースの銃のハンドガードと引き金の間に愛用の短刀を突っ込んで、引き金を引けなくするのと、スライドを掴んで後方に押しやり、外すのとを同時にやってのけたのだ。
「これだから、銃は嫌いだお・・・」
その声は、怒りや、悲しみや、孤独感が一つになったような、不思議な響きを帯びていた。
ナイトウが、後方にゆっくりと飛び退く。
ノースの顔に三筋の傷が現れ、そこから何か生暖かいものが流れ出たのは、その数秒後だった。
「今のは挨拶代わりだお。これからが本番・・・ん?」
ナイトウが、ノースの陰に隠れているフレディにふいと目をやった。
「貴様ぁ、女の顔に傷をつけるとは・・・」
モナードのその声はかなりドスの利いたものだったが、ナイトウはモナードには目もくれず、再びノースに迫っていく。
「撃つなら撃てお。下らない台詞ばかり吐いても、それが実力にはならないお。」
パァンという音が空を裂き、弾丸がナイトウにみるみる迫っていく。
しかし、その弾丸はナイトウの後ろの壁を削っただけだった。
「同じ愚を二度犯してはダメだお。」
またしてもモナードの銃のスライドが外された。
反応する暇すら、モナードには与えられていなかった。あっという間に峰打ちを喰らい、モナードは地に倒れ伏した。
「情けない男だお・・・さてと、改めてそいつを見せてもらうとするお。」
ザッ、ザッと、ナイトウがノースの方へ歩み寄る。
腰のアーミーナイフをさっと抜き取り、構えるノース。
「この子は何の関係も無い・・・殺るなら私を殺りなさい!」
「心配するなお。君もその子も、殺す気は更々無いお。」
「何だと・・・?」
「僕のポリシーだお。たとえ軍人であろうとも、無抵抗な女と子供は殺さないんだお。でもそれも抵抗があるなら別だお。」
「・・・」
「何でもなかったら、すぐに帰ってやるお。いいから早く見せるんだお。」
その物言いは明らかに横柄なものだったが、それに実力が伴っていることは、先程の事からしてよく分かる。
「・・・本当に何もしないんだな?」
「二言は無いお。」
ノースはゆっくりとアーミーナイフを下ろし、フレディに前に出てくるように催促した。
明らかに怯えた様子で、フレディはそろそろとノースの前に出てきた。
「どれどれ・・・」
ナイトウは短刀をしまい、フレディの左の頬に手をやった。
フレディが、びくっと震える。
しかし、ナイトウはフレディの頬の毛を少しばかり逆立てただけで、それ以外何もすることは無かった。
「成程、この子はあいつらの・・・」
「何?」
「君には関係ないお。それじゃ、これで失礼するお。」
そう言ってナイトウが後ろを向いた、そのとき!
ぱららっ、ぱららっという音が響き、ナイトウの左肩と右足から血が迸り出た。
モナードの銃から、ぽぉっと硝煙が立ち上っていた。
どさ、っとナイトウが倒れる。
「少佐!?」
「ノース・・・大丈夫モナ・・・?」
「ええ、私は・・・」
「そうか・・・悪いけど、肩を貸して欲しいモナ・・・」
ノースはこくりと頷き、モナードに歩み寄って、モナードの手を肩に回して立たせてやった。
「むう・・・まだ頭がフラフラするモナ・・・」
「少佐、ナイトウは・・・」
「心配ないモナ。まだ死んではいないモナよ。」
三人がナイトウに歩み寄ると、モナードの言ったとおり、ナイトウは手近な壁に寄りかかり、肩を押さえて荒い息をしていた。
「ベレッタM93R・・・嫌な銃を持ってるお・・・」
「へえ・・・『銃は嫌い』って言ってる割には詳しいモナね。」
「嫌いだからこそ・・・研究して・・・ナイフで勝てるように・・・訓練したんだお・・・」
ナイトウの銃創からは止め処なく血が溢れてくる。もうナイトウの座っている地面は、血溜まりが出来かけていた。
「どうして・・・急所を、撃たなかったんだお・・・?」
空気と共に吐き出されるその言葉は、明らかに弱々しかった。
「お前がモナを助けたから、と言いたい所だけど、朦朧とした意識じゃ撃つだけで精一杯だったモナ。」
「嘘吐けお・・・お前、どうして、実力を隠すんだお?」
「モナには隠すほどの実力なんてないモナよ。」
「僕の目は、節穴じゃないお・・・まあ、いいか・・・さあ、早く止めを刺せお・・・」
「少佐、お耳を・・・」
「何だモナ?」
「(・・・ナイトウに止めを刺すのは、どうか止めてください。この子の前で、もう人が死ぬのは見せたくないんです・・・)」
モナードは『確かに』と言った様子で頷くと、既に虫の息のナイトウにこう言い放った。
「・・・と言うことで、モナたちはもう行くモナ。死にたいならその腰のナイフでやったらどうモナ?」
「そんな・・・力は・・・もう・・・残ってないお・・・いいから・・・早く、撃ってくれお・・・」
「嫌モナ。そんなこと言ってる間に、今までの悪事を清算したらどうモナ?」
「ふっ・・・死に際に・・・止めを刺さず・・・武士道に・・・反するお・・・」
もうナイトウに背を向けて歩み始めていたモナードだったが、ナイトウのその言葉を聞くと、くるりと踵を返してこう言い放った。
「悪いモナね、モナは武士道は嫌いモナ。」
ナイトウの返事はなかった。壁に寄りかかったまま、ナイトウは既に事切れていた。
闇夜団第1旅団長『疾風のナイトウ』、ここに死す・・・
「さあ、行くモナよ。」
「はい。」
ガッという、ばねの戻るような音が響き、次いでザクッという、何かが刺さる音がした。
「少佐、どうされ・・・」
歩を遅らせたモナードを不思議に思い、ノースが振り返った。
それきり、ノースは言葉を発することが出来なかった。
モナードの目はかっと見開かれ、口は半開き、そこからは『あ』とも『お』とも取れないような、かすれた声が発せられている。
モナードががくりとひざを折り、ワンテンポ遅れて、胴体が地に伏した。
モナードの首から、見事にナイフ―刃の部分だけが生えたように刺さっていた。
飛んできたと思われる方を見やれば、ナイトウが先程息絶えた(と思われた)ときの状態から腕だけを上げ、柄だけになったナイフを支えている。
しかしそれも束の間、バサッとナイトウの腕が地に落ち、もうそれきり二度と動くことはなかった。
(まさか、生きていたなんて・・・)
念のためナイトウに歩み寄り、腕の脈を取る。
完全に止まっていた。もう息を吹き返すことは、二度とないだろう。
(モナード少佐・・・)
もう事切れていることは分かっていた。それでも、ナイトウと同じように腕の脈を取る。
止まっていた。涙が止め処なく溢れ、頬を伝う。
ポケットから包帯を出してから、首のナイフを抜いてやった。
頚椎に直接当たったのか、抜いてもそれほど血は出てこなかった。
首に包帯を巻いて、手を合わせる。
ふと、フレディのことが頭をよぎり、周りを探すと、フレディは力尽きたように地面にへたり込み、顔を手で押さえて泣いていた。
ノースは顔の涙を袖で拭い、フレディに歩み寄って言った。
「フーちゃん、行こう。」
フレディが、ゆっくりと手を下ろす。その顔は前面涙で濡れそぼっていた。
「お姉さぁん・・・あの人、死んじゃったの・・・?」
迷った。ここで事実を言えば、この子の心にまた傷を残すことになろう。かと言って、言い繕える状況でもなかった。いくら相手が4〜5歳の少年だと言っても、死体が2つも転がっている状況で、上手く言いくるめられるとは思えない。
「ねえ、お姉さん・・・」
どう答えたらよいものかと迷っているうちに、フレディの体がふっと宙に浮く。
また「ひあっ」と言うような声を上げ、フレディが空中でじたばたともがく。
大きな体躯が月光を遮り、ノースの体にも影を落とす。
「ノース、この子は一体?」
その野太い声は、紛れもなくクックル・ドゥアー―ドゥのものであった。
「ドゥ中将!取り敢えず、その子を下ろして下さい!敵じゃありません!」
「おお、すまん・・・」
フレディを地面に下ろし、掴んでいたパーカーのフードを放すドゥ。
フレディは下ろされるなり、屈んでいるノースの後ろにさっと隠れた。
「してノース、その子は?」
ノースはモナードに説明したそのときのように、詳しく説明してやった。
「なるほどな・・・それで、モナードは・・・」
「残念ですが・・・」
「分かった、もう言うな。」
そう言うと、ドゥはナイトウの屍に歩み寄り、ナイトウの顎の辺りを少し上げたりしていた。恐らく、顔を確認しているのだろう。
「『疾風のナイトウ』か・・・」
呟いて、モナードの方を見る。
「モナードがやったのか?」
「はい・・・」
今度はモナードの脇に歩み寄り、ナイトウが放ったナイフの刃を拾い上げた。
「スペツナズ・ナイフか・・・奴らしくもない・・・」
「中将は、ナイトウと会ったことがあるんですか?」
「ああ、同郷の出だ。しかも家が隣でな。奴は私を兄のように慕っていたよ・・・」
「そうなんですか・・・」
「13年前―私が22歳、奴が12歳のときに、奴の家に強盗が入った。そのとき、奴はたまたま外出してて何ともなかったんだが、家にいた奴の両親は強盗に殺されてしまった・・・拳銃で頭を一発だ。何とも酷い話だよ・・・」
ドゥは目頭を押さえていた。数々の修羅場を潜り抜けてきたこれほどの男にも、やはり感傷にひたることはあるらしい。否、涙を流し、人の死を悲しむ心があるからこそ、この男は多くの将兵に慕われ、その教官として適任だったのだろう。
「奴は両親の死体を見るなり、私の家に飛んできたよ。それで、つい何日か前に親から貰ったナイフを握り締めて、こう言っていた。『絶対に父ちゃんと母ちゃんの仇をとってやる、こいつでいつか犯人を殺してやる』ってな。泣きじゃくりながら言うその姿が余りにも可哀想でな。ただ抱きしめてやるしか出来なかったよ・・・」
何も言わないノースを見て、ドゥはため息を一つ吐き、続けた。
「はぁ・・・哀しきかな、私は今日親しい人物を一度に2人も失ってしまった・・・特にモナード・・・残念になぁ、その才能を開花させずに逝ってしまうとは・・・」
これにはノースも驚いた。同僚との付き合いのうちでは彼を立ててはいたが、モナードが能力的にも、精神的にも尉官にすら劣ることは、よく知っていた。否、知っているつもりだった。
「中将、それは一体・・・?」
「お前は気付いていなかったのか?こいつは確かに卑屈で、器の小さい男だった。だけどな、『大器晩成』という言葉があるように、こいつの場合は、その才能を開花させるスイッチが入っていなかっただけだった。将才や、将器がなかった訳じゃない。ただそれを、発揮できなかっただけだ・・・」
ドゥのその声は、深い悲しみにくれていた。重い沈黙が流れる。
「行きましょう、中将。こんな戦い、早く終わらせるべきです。」
「うむ、そうだな・・・モナード、ナイトウ、今しばらく待っていてくれ。お前の弔いは必ずしてやる・・・」
もう既に、ナイトウの下にある血溜まりは固まりかけていた。
【闇夜団:残り幹部6人】【政府軍:残り幹部11人】

本陣のそれよりもやや小さな廃ビル。そこでは、銃声が絶え間なく響き渡っていた。
ギコル、シィナ、ディラン、マニーの4人は、幹部率いる多数の闇夜団軍に追い詰められ、逃げながらの戦いを繰り返していた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・くそ、あいつら、まるで疲れ知らずだ・・・」
「ハァ、ハァ・・・確かに、いくら逃げても確実に追いついてくるわね・・・」
「はぁ、はぁ、うっ・・・はぁ、はぁ・・・」
「おやおや、お三方、随分お疲れのようで?」
ギコル、シィナ、ディランが相当息があがっているのに対して、マニーはまったくもって平気の平左。物陰に隠れながら、敵から奪ったAK47―アサルトライフルで応戦している。
「しかし、これじゃあ埒が明かないな・・・」
マニーがそう呟いたとき、銃声に混じってコロン、コロンと言う、何か硬いものが転がってくる音がした。
一同の顔が、焦りと恐怖に歪む。通称F-1―手榴弾だ。
ちっ、と舌打ちすると、マニーはすぐに手にしていた銃を床に下ろし、手榴弾を掴み取ると、渾身の力で敵方に投げ返した。
綺麗な放物線を描いたそれは、丁度放物線の頂点辺りで爆発し、凄まじい爆風と爆音が、その場にいるものを襲った。
「うわっ!」「キャアッ!」「わぁっ!」「ぬぁっ!」
強化されていると思われるそれは、大人数人を数メートル吹き飛ばすほどの威力を持ったものだった。マニーらを含め、政府軍、闇夜団、共に後方へ吹き飛ばされた。
暫くは、銃声はおろか、声を発するものすらいなかった。
最初に起き上がったのはマニー。いくら強力な破片手榴弾であっても、彼のグラスファイバーを編みこんだロングコートを貫くことは出来なかったようだ。
眼前に敵の姿はなく、そこには瓦礫の山が。恐らく、先程の爆発で天井が崩落したのであろう。
「ギコル、シィナ・・・お前たち、怪我はな・・・」
絶句した。そこにはシィナを我が身を盾にして守り、背中に幾つもの手榴弾の破片を受けたギコルとディランの姿があった。
「はぁ、はぁ・・・シィナ、大丈夫か・・・?」
「怪我は・・・ない・・・?」
何やら複雑な表情で頷くシィナ。彼らにどう言葉をかければいいものか、分からないのであろう。
「大丈夫か、お前たち・・・」
「ええ、何とか・・・」
「取り敢えず、ここは危険だ。一旦別の場所に移ろう。」
手負いのギコル、ディランを両肩で支え、放心状態のシィナを立ち上がらせ、マニーは奥の部屋へと移動した。
そこは医務室のようであった。これぞ不幸中の幸いとばかりに、丁度二つあるベッドに2人をうつ伏せに寝かせ、使える薬品などを探す。
「シィナ、悪いが入り口を見張っててくれ。ここは大勢で入り込まれたら終わりだ。何か策を考える。」
「はい・・・」
明らかに落ち込んだ様子のシィナ。いつも気丈な彼女には珍しいことだった。
「・・・2人のことは気にするな。死んだ訳じゃないんだし、致命傷って訳でもない。そうだろ?」
マニーの問いに、二人が弱々しく答える。
「・・・はい。シィナ、そんなに気にすることはない。あれは咄嗟の出来事だったんだ。」
「そうだよ、姉さん。僕たちも自然に体が動いてしまったんだ。だから・・・」
「2人とも・・・有難う・・・」
マニーはその様子を見て、うん、うんと頷くと、またごそごそとやり始めた。
【政府軍:残り幹部11人】

銃声。荒い息遣い。また銃声。
追っている闇夜団の幹部と思われるAAの弾丸を巧みにかわしながら、ネーノスは考える。
(ったく、あの女、一体何考えてやがんだ?もう使われてねぇビルの中で蹲ってたから、声かけたらそのお返しが鉛弾かよ・・・)
すぐ耳元のコンクリートの柱が砕け、反射的に身を屈める。
それを境に、銃声はぴたりと止んだ。
連続射撃中に銃声が止んだとなれば、それはリロード(弾薬の再装填)をしていることを知らせるも同じ、ネーノスは遮蔽物に隠れながら、じわじわと距離を詰めていった。
リロードの隙に距離を詰める、これを繰り返すこと3回。
ついにネーノスは、逃げる女を部屋の隅に追い詰めた。
ドアから出ようとする女のすぐ先に銃弾を撃ち込み、動きを止めさせる。
「よーし、そこまでだ。まずは、銃を捨てて床に置け。」
ネーノスの命令どおり、女が銃を足元に落とした。カシャッと言う、軽い音がした。
「ゆっくりと両手を頭の後ろで組め。」
女が、頭の後ろに手をやる。女が身につけているハーフコートと手袋の所為で、女の素肌は驚くほど見えなかった。
「こっちを向け。ゆっくりだぞ。」
女は動かない。ネーノスがもう一度同じ事を言おうとした、そのとき!
女が素早くこちらを振り向いた。その手には、小さな銃が握られている。
間一髪でそれから放たれる弾丸を避けると、ネーノスも已む無しと、一目散にドアに向かう女の脚に1発、弾丸を撃ち込んだ。
まるで足を取られたかのように見事に転ぶ女。這ってでも残り数メートルのドアに向かおうとするが、その前にネーノスが立ちはだかった。
「もう無理すんな。お前の負けだ。」
女は小さく「くっ」と呻くと、続けた。
「お前、何故足を撃った?」
「ん?お前と話がしたかったから。」
「殺さないのか?」
「まあ話してからでも遅くは無いだろ。」
「変なやつだな・・・」
女はそういうと、手近な壁に寄りかかった。
ネーノスも、その脇に腰掛ける。
「お前、名前はなんつーんだ?」
「敵に名乗る名など無い・・・」
「まあまあそう言うなって。俺はネーノスってんだ。」
「・・・レモナ。」
「レモナか・・・いい名前だな。」
「お前もな。」
暫し沈黙が流れる。
「お前、闇夜団だよな?」
こくりと頷くレモナ。
「何で、闇夜団に?」
多少残酷だとは思ったが、ネーノスはレモナに問うてみた。
レモナは答える。
「総帥には色々とお世話になってた。それと、闇夜団でしか食い扶持が稼げなかった。それだけよ。」
「そっか・・・・・・ん?」
ここに来てネーノスは漸く、レモナの胸の膨らみが明らかにおかしいことに気がついた。
もしこれが本物なら、Iカップ―否、Kカップくらいはありそうな巨乳だ。
ネーノスの視線に気付いたレモナが言う。
「そんないやらしい目で見るな。」
「ああ、すまん・・・しかしお前、その胸・・・」
「ああ、これか・・・」
レモナは足元に視線を落とし、黙っている。何か考え事でもしているのだろうか。
「一つだけ、一つだけ私の願いを叶えてくれたなら、この胸の正体を見せてあげる。」
ネーノスは少しばかり悩んだが、別に気にすることはないと思い、気軽に答えた。
「おう、いいぜ。何だ?」
レモナが、顔を上げてこちらを見つめる。顔もそうだが、その両脇に垂れているブロンドの髪が、この世のものとは思えないほど美しい。
「必ず、闇夜団を倒して欲しいの。」
思わず拍子抜けしてしまった。どんな願いが来るかと思ったら、打倒闇夜団?そもそも君は、闇夜団の幹部じゃなかったのかい?
「願いは別にいいけどよ、そりゃどういうことだ?」
「理解できないのは分かるわ。でも、もうこんな悪事を続けるのは沢山・・・私は動けないわ。私の代わりに、どうか闇夜団を打ち倒して・・・今本陣は、ノーネルコーポレーションの廃ビルにあるはずよ・・・」
言い終えると、レモナは胸に両手を差し入れ、中から毛むくじゃらの兎くらいの生き物を取り出した。
「これが正体・・・闇夜団の第2旅団長、アラマキ様よ。」
ネーノスがそれを覗き込む。
ふと、ネーノスの頭の中に、それを触ってみたいと言う思考が浮かんだ。
指でちょっとつついてみると、アラマキの全身が一瞬で膨らみ、毛も逆立って、まるでハリセンボンのようになった。
「わっ!」と思わず声を上げると、レモナがクスクスと笑う。
「ダメよ、びっくりさせちゃ。」
「ああ、以後気をつけるよ・・・」
レモナは一つため息を吐くと、話し始めた。
「アラマキ様は、元は私のペットだったの。だけど、その洗脳能力を総帥に買われて、私共々闇夜団の幹部へ取り立てられた。私の夢は、アラマキ様と一緒にずっと幸せに暮らすことだった・・・でもそれももう出来ないみたいね・・・さぁ、早く撃って。あなたは兵卒を洗脳している人物を探しているのでしょう?アラマキ様だけ死ぬところを見るのは、耐えられないわ・・・」
「何でそれを?」
「あなたたちの会話、隣のビルの上から聞かせてもらったのよ・・・さぁ、早く・・・」
「ちょっと待て、今更お前は俺に撃てっつーのか?そりゃ無理な相談だ。一緒に逃げよう。」
ネーノスは手を差し出したが、レモナは首を振って手を取ろうとはしなかった。
「今までの悪事を清算もせずにのうのうと生きていられるほど、私は恥知らずなAAじゃないわ。さぁ、早く!」
今度はネーノスが首を振った。
「ダメだ!一緒に逃げるんだよ!ほら、早く!」
ネーノスの熱意に、レモナも突き動かされたのか、ついに首を縦に振った。
「分かったわ。取り敢えず、傷の手当てをしなくちゃ。先に行ってて。ビルの出口で待ち合わせましょう。」
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ、伊達に闇夜団の幹部は務めてないわ。止血や応急処置くらい、一人で出来るわよ・・・」
「そっか、じゃあ入り口で待ってるぜ。」
そう言って、ネーノスは勢いよくドアを開け、駆け出していった。
(ネーノス・・・最期にあなたに会えて・・・良かった・・・)
心の中でそう呟くと、レモナは腰のポーチの中から、ごつごつした金属製の何かを取り出した。
その形状は、鉛色に染めたパイナップルそっくりだった。
MK2―手榴弾としては小型で、威力も小さいものだが、自決に使うには十分な破壊力を持った代物だった。
ゆっくりと、ピンを抜く。
(アラマキ様・・・天国で共に暮らしましょう・・・)
数秒後、爆音が入り口で待っていたネーノスの耳を劈いた。
爆風が、レモナのいた部屋から吹き出ていた。
嫌な予感が、ネーノスの胸中で渦巻く。
(まさか、まさかレモナが・・・)
確かめに行こうと歩を進めかけたが、それは後ろからの同僚の声で中断される。
「ネーノス?ここにいたんだ。」
アヒャックだった。ネーノスの返事はない。
「ネーノス・・・?どうしたの?」
「アヒャックか。いや、何でもねぇよ・・・これで洗脳されてる兵は全部無効化されたと思うぜ。」
「ネーノスが倒してくれたんだ!いやぁ、やっぱネーノスは凄いなぁ・・・」
そんなことを言っているアヒャックの横をすっと通り抜け、出口に向かうネーノス。
「あれ?今日はノリが悪いね?」
それを聞いたネーノスはぴたりと歩を止め、振り向いてギロリとアヒャックを睨みつけた。
「うるせぇ。俺は今猛烈に機嫌が悪い。行くぞ。」
アヒャックも、ネーノスの『何か』を感じ取り、それ以上何か喋ろうとはしなかった。
【政府軍:残り幹部11人】【闇夜団:残り幹部4人】

「よし、応急処置は済ませた。これで暫くは何とかなるだろ。」
ギコル、ディランの背中の手当てをし終わったマニーが、「やっと一息つける」とでも言うように言った。
「有難うございます、大尉。」
「すみません、手間をお掛けしてしまって・・・」
「いえいえ。さてと・・・」
マニーは立ち上がると、部屋の隅にあった薬品庫をいじり始めた。
「これがさっきから開かないんだよなぁ・・・」
「大尉、僕がやってみます・・・」
マニーが振り返ると、ディランはもうベッドから起き上がり、歩こうとしていた。
「おいおい、もうちょっと安静にしてろよ。まだ傷口だって塞がったばっかなんだから・・・」
「いえ、大丈夫です。これも、大尉の応急処置のおかげです。」
「おーおー、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。」
ディランは少々体を引きずりながら薬品庫に歩み寄り、鍵の構造を調べ始めた。
「ディスクタンブラーか・・・これなら開きそうだな・・・」
そう呟くと、ポケットから二つ、柄の付いた針金のようなものを取り出し、鍵穴に差し込んでカチャカチャとやり始めた。
ものの数分で、薬品庫の扉は簡単に開いてしまった。
「お前、ピッキング出来たのか・・・」
「はい、昔から器用なのが取柄でしたから・・・」
「どれどれ・・・」
マニーは薬品庫の薬品を一つずつ隣の机に出していった。
「過酸化水素水、希塩酸、希硫酸、希硝酸、王水、水酸化ナトリウム、シアン化カリウム・・・一体何の実験してたんだ、ここは・・・」
「どれも危険なものばかりですね・・・」
起き上がってきたギコルが言う。
「うむ。薬品さえあれば爆薬のようなものも作れるかと思ったが、これでは無理だな・・・」
そのとき、部屋の外から足音が聞こえてきた。
さっと物陰に隠れ、銃を構える一同。
足音はドアの前で止まり、ドアが勢いよく開いた。
入ってきたのは、一人の闇夜団兵士だった。
一同が銃を構えているのに気付くと、兵士は慌てて手を上げた。
「う、撃たないでくれぇ!」
その様子は、明らかに先程戦った兵士とは違っていた。
姿こそ闇夜団兵士の格好をしているものの、その怯えようは一般人と何ら変わりはなかった。
そこに丁度、モラーグからの通信が入る。
『全軍に告ぐ。闇夜団兵士を洗脳していた人物が消滅した。よって兵士はただの一般人と同じだ。くれぐれも命を奪うことのないように。以上。』
「と言うことらしいな。皆、銃を下ろせ。」
一同がゆっくりと銃を下ろすと、兵士はほっと嘆息した。
「良かったぁ、俺ぁもう殺されるかと思ったよ・・・」
「災難だったな、君も。でも、ここはまだ戦場だ。早く出た方が良い。」
「ああ、そうするよ・・・」
兵士は、ドアを開けたまま慌てて出て行ってしまった。
ビシュッと言うような、くぐもった銃声と、先程の兵士と思われる「うっ」と言う声。人間の倒れる音。
異変に気付いたときにはもう遅かった。部屋には小さなスプレー缶のようなもの―閃光弾が投げ込まれ、一同が身を隠す暇もなく炸裂した。
この閃光弾、大音響と閃光によって対象者をショック状態にして、数十秒間意識を失わせるという恐ろしい代物である。
次に一同が意識を取り戻したときには、シィナの姿が忽然と消えていた。
「閃光弾か・・・やられたな・・・」
「大尉、追いかけましょう!」
「そうだな、よし、三手に分かれよう。この時間だから、まだそう遠くへは行っていないはずだ。階段を使えば時間が掛かるし、行ったとしても上下1~2階だろう。俺はこの階より下を探す。ギコルはこの階より上、ディランはこの階をくまなく探すんだ。」
「はっ!」
まずギコルが駆け出し、それに次いでディランも駆け出した。
「ちょっと待て、ディラン。」
マニーに呼び止められたディランは、慌てて戻ってきた。
「何でしょう、大尉?」
「これを持っていけ。」
マニーが渡したのは、薄い黄色の液体が入った小さなガラス瓶だった。
「王水・・・ですか?」
「そうだ。何かの役に立つこともあるだろう。持っていけ。」
確かに、王水はきわめて強い酸化力を誇る攻撃的な物質だが、それをいきなり『持っていけ』と言われたところで、使いどころがよく分からない。
それでもディランはその小瓶を受け取ると、胸のポケットに大事そうにしまった。
「はい。では行きます!」
駆け出していったディランの背を見送り、マニーも下の階へ駆け出した。

視界が暗い。頭がガンガンする。音も余り聞こえない。
それでも耳に入ってきたのは、「起きた〜?」という暢気な声だった。
やっと少し明るくなってきた視界に入り込んできたのは、口を∀の字に開けた男性AAだった。
それが味方でないことが分かると、シィナはすぐに起き上がって逃げようとしたが、平衡感覚までやられたのか、立ち上がることすら出来ない。おまけに、手には頑丈な手錠がはまっている。
「ダメだよ、動いちゃ。君は人質なんだから。」
「何を・・・するつもり・・・?」
「君を総帥のところに連れて行く。なぁに、そんな手荒なことはされないよ。僕の女としてだったら、どうか分かんないけど。」
やっと個々の感覚が戻ってきたのか、シィナがふらっと立ち上がる。
「殺るなら早く殺りなさい・・・私は何も恐れはしない・・・」
「まあまあそういうのはいいから。君は死なせやしないよ。生きたまま総帥のところまで連れて行かなきゃいけないからね。」
シィナは内心舌打ちをした。このまま相手の思い通りにいかせる訳には行かない、かといって自害するにも両手が使えない。
「お、誰か来たかな・・・?」
男性AAがそう言うと、果たして数秒後に、そこにディランの姿があった。
シィナの後頭部には、既に男性AAの拳銃が突きつけられている。
「動くな!銃を捨ててこっちへ蹴るんだ。」
「おっと、そりゃこっちの台詞だね。仲間がどうなっても良いのかい?」
男性AAがより強く、シィナに銃を押し付ける。
「くっ・・・」
ディランが、銃を下ろしかける。
「だめ、ディラン!」
「姉さん・・・」
「ハッハッハ、これは面白い。しぃ族とでぃ族のAA2人が姉弟だとはねぇ・・・」
(くそ、どうすれば・・・)
必死で思考をめぐらすディラン。そこに、姉シィナの声が響く。
「撃ちなさい、ディラン。撃ちなさい!」
馬鹿な。ディランは思った。いくらお国のため、勝利のためでも、実の姉を撃てるわけがない。
考えている最中に、また男性AAの下卑た声が響いた。
「早くしろよぉ?じゃねぇと姉さんが死んじまうぜ・・・?」
もうシィナは声を発することはなかったが、目がディランに訴えかけていた。撃て、撃ちなさい。
モラーグの言葉がふと蘇る。
『死にたくないのなら、撃つのは躊躇うな。一瞬の躊躇が、死に繋がりかねない。そのことを、肝に銘じておけ。』
ディランは改めて狙いを定め、引き金を、絞った。
神速の弾丸は見る見るうちにシィナと男性AAに迫っていき、見事に男性AAの脇腹にヒットした。
何歩か後ろに下がって、ついには倒れた男性AA。
血溜まりが徐々に広がり、床を少しずつ染めていく。
ディランは姉を助け出した喜びを込めて、シィナは弟が自分を2度も救ってくれた喜びを込めて、ひしと抱き合う2人。
「姉さん、怪我ない?」
「ディラン、ディラン!有難う・・・」
何か違和感のあるそのハグを疑問に思い、シィナの手を見てみると、後ろ手に手錠がかけられている。
「手錠が掛かってる・・・」
持ち前の器用さを生かし、ピッキングの道具を取り出そうとして、ディランは思い出した。そうだ、マニーに貰った王水があるではないか。
「姉さん、ちょっとじっとしててね。」
手錠の鎖など、王水にかかれば朝飯前である。あっという間に鎖は溶け、シィナの腕は開放された。
「よし、切れた。輪っかの部分は僕が後で外すから。行こう。皆に知らせなきゃ。」
「ええ。」
そういって2人が背を向けた、その瞬間!
悪魔が、再び息を吹き返した。
仰向けに倒れていた男性AAは、上半身だけをむくりと起こし、その手には拳銃が握られていた。狙いは、シィナだった。
虫の知らせか、男性AAが撃つよりも一瞬早く、ディランが後ろを振り向いた。
咄嗟にディランはシィナを押しのける。
閃光が、ディランの体を貫いた。
ディランの膝ががくりと折れ、次いで上半身も地に伏した。
「ディラン!!」
シィナが慌ててディランの元へ駆け寄る。
「ディラン!しっかりして!!」
「姉・・・さん・・・怪我・・・は・・・」
シィナの目から涙が溢れ出してくる。
「無い、無いよ・・・」
「そう・・・良か・・・った・・・」
大きな息を一つすると、ディランはそれきり、再び呼吸をすることは無かった。
嘘、嘘だ。私の弟が死ぬわけが無い。ほら、起きて。今日は訓練の日よ。
もう何を言っても、ディランは何も返してくれない。
ああ、何故もっと優しく、接してあげなかったのだろう。
何故、詰め所での再会のとき、『よく来てくれた』と言ってやらなかったのだろう。
溢れてくるのは、涙と後悔の念ばかり。
ふと通路の先を見れば、あの男性AAがまだ両手を床について座っている。
あいつが、あいつがディランを殺した奴。
シィナはディランのホルスターから銃とマガジンを2~3個抜き取ると、男性AAの方に歩みながら、弾丸を撃ち込み続けた。
最初の1発目で、男性AAは地に伏し、残りの弾丸は次々と男性AAの体へと吸い込まれていく。
2個目のマガジンの弾が無くなり、丁度ホールドオープンしたときに、後ろからその手を押さえる者があった。ギコルである。
「シィナ、もういいだろう・・・」
「・・・ギコル・・・」
シィナはギコルの胸で、ただ只管に泣き続けた。
後から駆けつけたマニーも、ディランの亡骸を見て慟哭した。
第3師団所属 ディラン・ラズレクト准尉 ここに殉職。
【政府軍:残り幹部10人】【闇夜団:残り幹部3人】

「政府の奴ら、一体どこに行った?」
フッサールとツークの暗殺者コンビは、ビルとビルの間を飛び回っていた。
目的は勿論、『政府軍将校クラスの首級』である。
ところが、さっきから10分近く飛び回っているにも拘らず、軍人らしき人物は一人も見当たらない。
「これじゃあ埒が明かないな・・・よし、フサ。二手に分かれよう。」
「本気で言ってるのか?俺たちは常にペアだ。一人になってしまっては、俺たちの力は発揮できない・・・」
「そんなこと言ってる場合か?一つでも首級を挙げなきゃまずいだろうが。」
「ううむ、それもまた事実・・・仕方ない。分かれるぞ。」
フッサールのその言葉を皮切りに、2人は反対の方向へ其々飛び始めた。これが、運命の分かれ道となることも知らずに・・・
最初に軍人を見つけたのは、ツークだった。
どうやら2人組みのようだ。ここに来て、ペアで行動していたほうが良かったと、軽く後悔する。
(まぁいい、2人くらい何とかなるだろ・・・)
2人の位置を確認し、一気に跳躍する。
着地地点は、丁度2人の目の前だった。
「出やがったな、闇夜団・・・」
言ったのは緑色のAA。この戦いが始まってすぐ、最初に出会った軍人だった。
「おお、お前はいつぞやの・・・」
「知り合い、ネーノス?」
「ああ、まあな。つい数時間前に会ったよ・・・」
なるほど、この緑AAの名前はネーノスと言うのか。
そう考えて、もう一方の青色のAAの方に目を移す。
思わず絶句した。確かに、その顔には見覚えがあった。
アヒャック・レザイン。ツークの、実の兄だった。
全身ローブの所為か、アヒャックはまだツークだということに気付いていない。
「どうだい、ネーノスさんとやら?俺はそこの青色君と一騎打ちがしたい。了承してくれるかい?」
「どうするんだ、アヒャック?」
「勿論受けて立つよ。じゃあネーノスは立会人をやってくれ。」
「立会人?」
ネーノスが、怪訝そうな顔をする。
「一騎打ちにおいて、どちらが勝ったかを見届ければいい。つまりは、見てるだけ。簡単な役回りだよ。」
「そうなのか、分かった。俺がやろう。」
「あとそれから、立会人は何があっても、一騎打ちの加勢をしたりしないこと。これは当然だけど、大丈夫だよね?」
「分かった。」
ネーノスが一歩下がり、2人が前に出る。
ツークが、全身ローブを脱いだ。
アヒャックの顔が驚愕のそれに変わる。
「よぉ。久しぶりだな、兄貴。」
「ツーク、ツークなの?ハハッ、よもやこんなところで戦うことになるとはね・・・」
お互いがじりじりと移動し、にらみ合っている。
最初に仕掛けたのはツークだ。大腿部に巻きつけられている鞘からナイフを抜き、一直線にアヒャックの顔を狙う。
アヒャックはそれを体を大きく捻ってかわし、すれ違いざまこちらもナイフで切りつける。
しかしその斬撃もツークに当たることは無く、またにらみ合いの形に戻った。
「衰えてないな、兄貴・・・」
「強くなったね、ツーク・・・」
ぶつかり合いを繰り返すこと数回、ついにツークのナイフがアヒャックの肩を捉えた。
アヒャックが仰向けに地面に倒れこみ、ツークは今まさにアヒャックの腹にナイフを突き立てようと振りかぶっている。
「もらったぁ!」
ガツンという、硬い音がした。
確かにアヒャックの腹に突き立てたはずのナイフは、その下の地面に当たっただけだった。
「まだまだ」
声の方を振り向く間もなく、ツークはアヒャックの裏拳で吹き飛ばされていた。
「うわっ!」
「言っておくけど、ツーク。君じゃあ僕には勝てない。絶対に。それを聞いても、まだやるかい?」
「へっ、そんなことはやってみなくちゃ・・・」
ナイフを振りかぶり、アヒャック目掛けて突き出す。
「分からない!」
しかし、またもやアヒャックはそこにはいなかった。
「甘いな」
今度は強烈なボディーブローで吹き飛ばされるツーク。
かなり効いたようで、ツークは蹲ったまま動かない。
「分かったかい?もう一度言う。君じゃあ僕には絶対に勝てない。これ以上続けるなら、君の命を奪うことも、僕は厭わない。さあ、どうする?」
その言葉を聞いて、ネーノスが横槍を入れる。
「おい、ちょっと待てよ。兄貴が妹を殺すなんて、そんなこと・・・」
「立会人は、見てるだけって言ったろ?」
アヒャックの、誰の干渉も許さない言葉に、ネーノスもこれ以上何か言うことは出来なかった。
「元々命賭けて一騎打ちやってんだ。別に殺されたって構いやしねぇ。但し、殺せたらの話だけどな!」
今度もツークから仕掛ける。前のときのように1回で返されることは無く、長いぶつかり合いが続いた。
「なぁ、兄貴。」
ツークが問う。
「何、ツーク。」
「あんた、何で母さんの葬式に来なかった?」
その言葉を聞いた瞬間、アヒャックの動きが俄かに鈍った。
そのチャンスを、ツークは逃さない。あっという間に、アヒャックの軍服が斜め十字に裂ける。
「もう・・・やめにしないか、ツーク。」
アヒャックの裂けた軍服の後ろからは、僅かながら血が滲み出ていた。
「一騎打ちのルールを忘れたのか?これはどちらかが死ぬまで・・・」
ツークの言葉はそこで途切れた。
アヒャックが、ナイフを打ち捨てて、ツークに抱きついていた。
「ごめんよ、ツーク・・・一人にしてしまって・・・」
アヒャックの頬を、涙が伝う。アヒャックとは長い付き合いのネーノスでさえ、アヒャックの涙を見るのは初めてだった。
「い、今更何言ってんだ!!出かけると言ったきり戻ってこない、父さんと母さんの葬式にも出ない!!一体・・・何を考えてたんだよ!!」
ツークも涙混じりに叫ぶ。
2人が少しばかり離れ、お互いの顔を見つめ合う。
「ツーク・・・好きだよ・・・」
「・・・私も。」
バウッという、火薬の破裂する音が響く。
それと共に、ツークの体が1回びくりとなり、その後小刻みに震え始めた。
何か言おうと口は動いているものの、それは声とならない。
やがて、その口から血が溢れ出してきた。
アヒャックはくずおれるツークの体を支え、再び抱きしめた。
「・・・だからこそ、君が悪事に手を染めてしまうのが許せなかったんだ・・・ごめんよ、ツーク・・・」
ツークの亡骸を支え、さめざめと泣くアヒャックの声が、いつまでも響き渡っていた。
【政府軍:残り幹部10人】【闇夜団:残り幹部2人】

一方こちらはツークと別れ、反対方向へ来たフッサール。彼もまた、漸く軍人の姿を発見していた。
(2人組みか・・・まあ2人なら何とかなろう。)
2人の位置を確認し、2人より少し前に降り立ったフッサール。
「ぶ、闇夜団・・・!」
割と大柄な女性AAが、緊張した声で言う。
「ほう、新手か。いいだろう。俺が相手してやる。」
前に出たのは身の丈2メートルは超すであろう巨大な鳥型AA。その軍服の下は、筋骨隆々なのであろう。
こちらが大振りのナイフを抜き取ると、相手も構えた。
「素手でやる気か?」
「心配には及ばん。これが私の戦闘スタイルだ。」
「ふん、そうか・・・」
そう言った直後、フッサールはもう鳥型AAの背後に回っていた。
「まずは一人目・・・」
鳥型AAの頭目掛けて、ナイフを振り下ろす。
しかし、そのナイフは鳥型AAの指2本で挟むようにして止められていた。
「まだまだ、青いな・・・」
スクリューの掛かったストレートが、フッサールの鳩尾に直撃する。
素手とはいえ、極限まで鍛え抜かれたその体から放たれるストレートは、恐ろしいほどの破壊力を生んだ。
軽く6メートルは吹き飛ばされ、受身は何とか取ったものの、ダメージは大きかった。
(こいつ、出来るな・・・)
もう一度ナイフを構えなおし、鳥型AAに突っ込んでいこうとした、そのとき!
フッサールは、自分の視界に、愛する我が子の姿を認めた。
完全に動作を止めてしまったフッサールに対し、鳥型AAも途中で動作を切り上げた。
「どうした、もう終わりか?」
「・・・その子を返せ。」
もう一人の女性AAに放たれたその言葉は、事実上の終戦宣言も同じであった。
「この子は関係ないわ。私が守る!」
「・・・どけ。」
あっという間に女性AAは吹き飛ばされ、その子の姿があらわになった。
「おお、フレディ・・・」
「・・・お父さん?」
全身ローブのフードを取ってやると、その子とそっくりな茶色のフサフサの毛があらわになった。
「お父さん!ううぅ、うぇ〜ん・・・」
よほど寂しかったのであろう、フレディと呼ばれたその子は、フッサールに抱きかかえられるなり泣き出してしまった。
「なるほど、その子の親が君と言うわけか・・・」
「ああ、その通りだ。こんな戦い、もう止めだ。」
フッサールはフレディを1回地面に下ろし、それから2人に言った。
「あんたたちに頼みがある。俺は今まで、食い扶持を稼ぐためとはいえ、仕事として罪を犯してきた。だから俺はどうなろうと構わん。しかし、この子だけはどうにかしてやってくれないか?子供に罪は無い・・・」
その問いに、鳥型AAが答える。
「いいだろう。お前の身柄は一旦拘束し、軍本部に送る。そこで指示を仰ぐとしよう。それからその子についてだが、軍中で育てると言うのはどうだ?」
「そうしてくれると助かる。よし、これでもう思い残すことは何も無い・・・」
フッサールは再びフレディを抱き上げると、こう言った。
「お父さん、またお仕事に行かなきゃ行けないんだ。だから、この人たちと一緒に、いい子にしてるんだよ。」
「・・・今度はいつ会えるの?」
フッサールはちょっと笑って、フレディを思いっきり高い高いしてやった。
「『いつか』だな。また『いつか』会えるよ。」
フレディは何だか納得していない様子だったが、こくりと頷くと、
「じゃあ、『いつか』が来るまでいい子にしてるね。」
と愛らしい声で言った。
フッサールはうん、と頷くと、鳥型AAと共に軍の本部へ向かった。
これが最期となる父の後姿を、フレディはいつまでも、いつまでも見つめていた。
【政府軍:残り幹部10人】【闇夜団:残り幹部1人】

「元帥、たった今、闇夜団総帥のヤマザキが、自害したと言う報が入りました。」
「そうか・・・これで全てが終わったわけか。」
「長い戦いでした・・・闇夜団の壊滅と言う目標は果たせましたが、それに払う犠牲も大きいものでしたね・・・」
「モナード、ディラン・・・それに、兵士たちの犠牲を、俺は忘れない。もうこんな戦い、二度と御免だ。」
真っ暗な本陣に、一筋の光が差し込んできた。
「元帥、夜が明けます。」
窓辺によるモラーグ。
そこからは大きな太陽が、その一辺を覗かせていた。
「何があろうとも、こうして日は昇り、沈み、また昇ってくる。昨日のことを今日の糧として、これからも俺は生きていくつもりだよ。」
「フフッ、そうですね。この朝日の光は、殉職者への鎮魂歌、と言ったところでしょうか。」
「うむ、そうだな・・・」
日差しは更に光を増して、建物を、植物を、AAを、そして殉職者の魂を、照らし続けていた。

かくして、闇夜団と政府軍の戦いは、闇夜団の壊滅と言う形で、幕を閉じた。
後にこの戦いは、主戦場となった市の名前を取り、『明日希市の戦い』として、後世に語り継がれることとなる・・・
                                 END

 

 

 

後書き
はい、どう考えても長すぎです。本当にありがt(ry
最初から最後まで読むとどのくらい掛かるんだろう、これ・・・
まあ実は本編に出そうと思ってたのを、HDDがぶっ飛んだのをきっかけに超大作に仕上げなおしたのがこれです。
まあ結果本選に参加できなかったのは残念でしたが、こういう形での参加も、まあいいんじゃないかと思えるようになってきました。
この作品を読んでいただき、読者の皆様に何か得られるものがあれば、作家冥利に尽きると言うものです。
最後まで読んでくださった方、本当に有難うございました!

P.S.
実はこれ20日~21日に徹夜で書いたやつなんで、誤字脱字とかあるかもしれません。そんときは指摘でもスルーでも何でもおkです。
それから、現在鋭意製作中の『KILLING×KILLING 設定資料集(仮)』におきまして、読者の皆様からの疑問点などを募集しております。
「ここってなんでこうなってんの?」とか「この武器って本当にあんの?」とか何でもおkです。少しでもそういうのがある方は、運営の猛氏若しくは小説板紅白合戦総合のスレまでお願いいたします。それでは。
                            ネオソニック